ファーレンハイト/Fahrenheit
 午前十一時五十分

 風呂から上がった相澤は、加藤から渡されていた黒いTシャツにトランクス姿でリビングに戻ってきた。

「まだ体は熱いでしょ? 寒くなったらベッドに行きなね。電気毛布入れてある」

 そう言って加藤は浴室に行った。
 リビングに残された相澤は、加藤が作ったミートソーススパゲティとコンソメスープをリビングテーブルで食べ始めた。

 リビング、ダイニング、見える範囲のキッチンを見回す相澤は、「奈緒ちゃんらしいけど……」と呟いた。

 ◇ ◇ ◇

 同時刻

 マンションに戻った葉梨と本城の二人はリビングに入り、何のサインも送って来ない松永を見てから須藤に挨拶をした。

「寒い中、悪かったね」
「ごめんね」

 本城が手にしているマイバッグに視線を落とした松永は、「コンビニに行ったの?」と言い、本城が経緯を話した。松永は「そうだね、今日みたいな日は良いかもね」と言い、キッチンへ向かった。
 本城は買ってきたカップ麺をテーブルに並べ、須藤と笑い合いながらひとつひとつ眺めていた。
 葉梨は松永の後を追い、キッチンへ行くと、「俺がやりますから!」とやや大き目の声を出して、ポットに水を注ごうとしている松永に近寄った。
 葉梨がもう一度、「松永さん、俺がやりますから」と言っている間、松永は葉梨の耳元で囁いた。

「アレに加藤の事、バレてるよ」

 ◇ ◇ ◇

 午後〇時四十三分

「うっ……」

 洗面所の扉の前にいた相澤と、バスタオルを巻いただけの加藤は見つめ合っていた。

「なに? 寝てなかったの?」
「あ……うん……」
「なんでよ?」

 そう言って加藤は、相澤の腕と首に触れ、眉根を寄せて「冷えてる」と言った。

「何でここにいるの?」
「あ……遅いから大丈夫なのかなって思って……」
「……ああ、そういう事ね。ふふっ」

 加藤の含みのある言い方に首を傾げた相澤へ、「服着させてくんないかな」と言い、加藤は寝室へ向かったが、リビングに戻ろうとしている相澤を呼び止め、寝室へ来るように言った。
 加藤はウォークインクローゼットで服を選んでいるが、相澤が寝室へ来ない事を不審に思い、廊下に出た。
 廊下にいる相澤に、「ベッドで寝ないと殴るよ」と言うと、相澤はしぶしぶ寝室へ入って来た。

「奈緒ちゃん、さすがに奈緒ちゃんのベッドで寝るのはだめだと思う」
「何でよ? 電気毛布は暖かいよ?」
「そうだけど……」

 加藤は相澤を促し、ベッドの掛布団を捲った。

「ほら」
「うーん……」
「殴るよ?」

 頬を膨らませて「分かったよ」と言いながら相澤がベッドに入った事を確認すると、「髪の毛乾かしてくる」と言い、電気を消して寝室を出て行った。

 ◇ ◇ ◇

 同時刻

 コンビニの高いカップ麺とレトルトのご飯を食べた俺達は、ダブルの炭水化物摂取による血糖値の急上昇と急下降を経て、全力で睡魔と戦っていた。

「寝よう。二十分、寝よう」

 須藤がそう言うと、本城は目を輝かせて、葉梨を伴って仮眠室へ行った。

「敬志も仮眠室で寝ろよ」
「いや、いいですよ、俺はここで」

 須藤に仮眠室へ行くように促し、リビングに一人になった俺はテーブルに突っ伏して昼寝を始めた。

 ――絶対に俺、寝言で優衣香の名前呼ぶもん。聞かれたくないもん。

 優衣香の姿を思い出して、頬が緩んだなと思うと同時に、眠りに落ちた。

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