ファーレンハイト/Fahrenheit
 午後一時十二分

 部屋着に着替えて髪を乾かした加藤がそっと寝室を覗くと、相澤はベッドに座っていた。それを見て舌打ちした加藤は、ドアを開けたまま寝室の電気を付けずに相澤の元へ行った。それを見ていた相澤は立ち上がり、加藤に殴られないように構えたが、加藤は気にせず手を出した。

「痛っ! 離してよ」

 加藤の両肘を掴んだ相澤は加藤を睨めつけ、ベッドに押し倒した。
 両手首を顔の横に押さえつけ、二の腕も腕で押さえている。
 相澤の足の間に加藤の足があるが、下肢も相澤の足で押さえつけられていた。

「奈緒ちゃんごめん。でもこうでもしなきゃ、奈緒ちゃんは話を聞いてくれないから」

 相澤のその言葉に目を伏せた加藤だが、身体は抵抗している。身体を捩らせて逃げようとするが、それは相澤相手に出来るものではなかった。

「奈緒ちゃん、今好きな人がいるの?」
「だとしたら何よ?」
「なら俺は別れるまで待ってる」
「はっ!?」
「だって……」

 相澤は、松永から加藤に言い寄っている男がいると聞かされた事を話した。その時に芽生えた感情は、加藤を誰にも渡したくないという気持ちだったと、相澤は言った。

「多分、奈緒ちゃんが好きなんだと思う」
「多分って何よ」
「分かんない」
「バカなの?」

 加藤がいつも言うその言葉に相澤は舌打ちし、腕に力を込めた。目を見開いた加藤は謝罪をしようとしたのか、口を開いた。だが、声が発せられる前に相澤が加藤の口を塞いだ。相澤の舌が、加藤の答えを求めた。

 相澤の体の重みが加藤にかかり、それが苦しいのか、息が出来ないからなのか、苦しげな吐息が漏れている。だがいつまでも応えない加藤に、相澤は唇を離して腕も足も離した。
 手を加藤の体の脇にやり、足もそうした。

「ごめん。……でも奈緒ちゃんが良いなら、俺はしたい。でも嫌なら俺はや――」

 加藤は、自由になった腕を相澤の首に回して、唇に視線を落として、相澤を引き寄せた。
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