ファーレンハイト/Fahrenheit
 駅前にジムがあり、そこにほぼ毎日通い、インストラクターの指導の元でトレーニングをして、食事制限もしていたという。ここひと月半の話だ。確かに、そのジムは駅前にあった。黄色い看板が目立っていた。
 俺は、優衣香が目的の為に最短距離を選択する人である事を理解しているし、その選択は尊重すべき事だとも思っている。結果を出す為に、かなりの努力をする事も知っている。
 だが、よりによってなぜ、そのジムなのか。そのジムでなくとも良いだろうと、俺は思う。
 だから俺はあえて言う。違う、そうじゃない、と――。

「ねえ、優衣ちゃん。そのジムって、マッチョしかいないジムだよね?」
「うん、だいたいマッチョ」

 ――だから風呂場で筋肉の名称を言ってたんだね。

「……スポーツクラブじゃだめなの? 他には、えっと、ホットヨガ、とか、そういった感じの」
「うーん、そういうのは私に合わないし……」

 優衣香はホットヨガとかやってそうな可愛らしい雰囲気の女性だが、それはあくまでも、そういう雰囲気を演じているだけだ。仕事を含む社会生活において、その方が都合が良いから仕方なくやっているのだ。一種の処世術だろう。
 だが実際の優衣香は、そうではない。
 幼なじみの俺は良く知っている。優衣香は武闘派だと――。

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