ファーレンハイト/Fahrenheit

#04 武闘派女と忍耐男(前編)

 午後九時五十分

 ベッドに寝かせた優衣香の隣に俺も横になり、顔を眺めていた。ベッドサイドの淡いランプの灯りに照らされた優衣香の頬を指先でなぞり、目元に指をやると優衣香の長いまつ毛が俺の指の動きに合わせて揺れる。

 火照った体で呼吸が少しだけ荒い優衣香を今すぐ襲ってしまいたい衝動に駆られるが、今日は出来ない。

 優衣香に水を飲むかと聞くと飲むというので、ランプの前に置かれたミネラルウォーターのペットボトルを見たが、空だった。

「新しいの持って来るよ。冷蔵庫だよね?」
「うん、ごめんね、ありがとう」

 冷蔵庫を開けてミネラルウォーターを取り出して寝室へ戻ろうとした時、洗い物の中に女性宅にあってもおかしくはないが、基本的に男性宅にあるだろうと思料されるものを見つけた。なんとなく嫌な予感がして、キッチンを見回すと、ある物を俺は見つけてしまった。

 ――相澤はこれを見たのか?

 優衣香が痩せた理由もこれで説明が出来る。だが同時に、よりによってなぜ、という疑問が湧いてくる。

 ――優衣香は目的の為に最短距離を選択する。

 優衣香は元々そういう人だ。これで痩せた経緯は説明出来る。だが原因を、優衣香は話してくれない。

 ――体型について、何か、誰かに言われたのだろうか。

 冷えたミネラルウォーターの蓋を開けて水を多めに口に含み、口内を潤した。もう一度水を口に含みながら寝室に戻ると、優衣香は起きようとした。水を飲み込み、「そのままで良いよ」と言い、優衣香の頭の下に腕を入れて、ミネラルウォーターを口に含んでそのまま優衣香に口移しで水を飲ませた。優衣香の喉が鳴った。
 まだ飲むかと聞くと、飲むと、恥ずかしそうに言う。その顔が可愛くて、俺は少しだけミネラルウォーターを口に含んで、優衣香に口移しした。また優衣香の喉が鳴る。
 さっきより量が少ない事に気づいた優衣香は、俺の目を見た。探るような目線を送るが、俺は口を付けたまま、頬と顎に手を添え、無理矢理、優衣香の口内に舌を滑り込ませた。
 頭の下にある腕で優衣香の肩を掴んで、両足に足を乗せて、動かせないようにすると、優衣香は俺の顔に手を触れてきた。
 優衣香の舌は俺に応えて、優衣香の指先が俺の頬から首、肩へと移動していく。
 舌が絡み合い、優衣香は苦しげに喘ぐ。
 優衣香は俺の腕を、強い力で掴んだ。

 ――したいんだけどな。でも出来ない。

 俺の冷たい舌が体温に戻る頃、唇を離した。
 優衣香はうらめしそうな顔をした。

「ふふっ、これ以上したら、俺は我慢出来なくなっちゃうから」
「したい……」
「優衣ちゃんに『したい』って言ってもらえて、俺はすごく嬉しい。元気になったら、続きをしようね」

 そう言って、また唇を重ねた。

「あの、優衣ちゃん。聞きたいことがある。ダイエットだけど、どうして?」
「ああ……うーん……」

 優衣香の話は、経緯を説明するものだった。
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