ファーレンハイト/Fahrenheit
 初めて自分から求めたキスに相澤は応えてくれた。嬉しかった。
 私達は何度も唇を重ねた。
 舌がまた、私の口内に入ってきて私は応えた。でもさっきより性急さがあった。舌が狂おしく私を求める。

 相澤が唇を離した時、私の肩を抱いた腕に力が込められて抱き起こされた。私を抱き寄せている相澤は耳元で囁いた。「我慢出来ない」と。

 私の長袖Tシャツと中に着ていたタンクトップを乱暴に脱がして、相澤もTシャツを脱ぎ捨てた。

 私はシーツに沈められ、相澤が足の間に割入って、私達は体が重なった。

「奈緒ちゃん」

 私に体重をかけないようにしているのか、相澤が遠くにいる気がする。
 相澤に恋人が出来ると、小さくて可愛い女の子を抱く相澤を俯瞰したイメージが頭に浮かんで、心が騒いだ。
 だが今は、ベッドで私は、相澤の腕に抱かれている。願った結末ではなかったが、私は嬉しい。

「奈緒ちゃんの事、好きだよ」

 相澤は私の背中に手を差し入れ、手のひらで私の肌を撫でている。私は、相澤の左腕を見ていた。
 そっと唇を重ねて、耳元から首すじへと唇が這う。
 その時、私の背中にある傷に相澤は気づいたのだろう。目の色を変えて私を抱き起こして背中を見た。

「奈緒ちゃん! もう傷は消えたって言ったよね? 残ってるよ!?」

 私は相澤の左上腕にある傷に唇を這わせた。
 私の背中と相澤の左上腕にある切創痕は、私が全て負うはずだった傷を二人で分けたものだ。

「私の中に裕くんはずっといる。だから裕くんも左腕を見た時、私を思い出してよ」

 今にも泣きそうな顔の相澤が愛しくて、相澤の首すじに添わせた指先に力を込めた。

「裕くん、抱いて。私を抱いて」

 泣きそうな顔のまま、眉根を寄せた相澤は、私を強く抱きしめた。「奈緒ちゃんの嘘つき」と言いながら、唇を重ねた。

「奈緒ちゃん、好き」

 その言葉は、欲望が果てた後にも言ったら、信じてあげる。だけど――。

 でも、もう、いい。
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