ファーレンハイト/Fahrenheit

#04 姐さん、襲来(前編)

 一月十二日 午後一時二十六分

 そろそろ、姐さんが来る頃だろうか。
 俺はウインドブレーカーを着て、マンションの外廊下まで出て姐さんを迎えようと玄関ドアを開けると、廊下の向こうから姐さんが歩いて来るのが見えた。

「お疲れさま。久しぶりだね、出迎えありがとう」

 姐さんはリュックを背負い、トランクを引いて大きな布製のバッグを肩に掛けている。「お疲れさまです。寒かったでしょう。さ、中へどうぞ」と言って中へ入ってもらうと、声がした。

「お疲れさまです!」

 加藤奈緒、相澤裕典、葉梨将由、本城昇太、武村雅人の捜査員全員が、廊下で松永玲緒奈を出迎えている。
 スリッパに履き替えて靴を揃えた姐さんは俺達を見てこう言った。

「通れなくない? バカなの?」

 幅九十センチ、長さ二メートル七十センチの廊下に五人がいる。狭い廊下にみっちみちで。

「おっしゃる通りです、玲緒奈さん」

 ――姐さん、みんな緊張し過ぎて正常な判断が出来ないんですよ。

 リビングへ行く為に皆が振り向き、俺はトランクを持って玲緒奈さんの前を歩き出した所で、玲緒奈さんが布製のバッグから何かを取り出した。
 それは『ピッ』という呑気な音がして、同時に俺の肩に衝撃を感じた。痛くはないが、なぜそんな物を玲緒奈さんが持っているのかを考えながら振り向くと、ピコピコハンマーを手に持って上品な笑みを浮かべる玲緒奈さんはこう言った。

「ほら、今、いろいろ煩いじゃない、パワハラとかね。だからピコピコハンマーで叩けば良いかと思って」

 ――姐さんは、『叩かない』という選択をしないんですね。

「ええ、そうですね。……さ、リビングへどうぞ」

 振り向くと、ピコピコハンマーに怯える五人の警察官がいた。

 ――警察官も人の子だもんね。怖い物くらい、あるよね。

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