ファーレンハイト/Fahrenheit
「あの、本当にすみませんでした」
「さっき何度も謝ったでしょ」
「はい……でも……」

 私は葉梨が合コンに行った事を何とも思っていない。上下関係が厳しい警察組織だ。先輩に言われたらノーとは言えないのだから、葉梨が謝る事では無い。

「じゃあどうする?」
「えっ」

 こちらを向いた葉梨はランプの灯りに照らされている。不安そうな目で私を見ていた。

「ねえ、キスして」

 その言葉で一層不安げな目をする葉梨に、お腹に乗せた腕を顔に動かした。耳元に添わせた指先に力を込めて、私は目を閉じた。
 葉梨は横向きになり、私の体の向こうのシーツに手を置いて、唇を重ねた。

 ――それだけ?

 目を開けると、まだ不安そうな目で私を見ていた。
 なぜだろうか。私はもう一度、耳元に添わせた指先に力を込めて、ねだった。

 今度は長く唇を重ねているが、葉梨はそれ以上の事をしない。
 私は舌で葉梨の唇をなぞった。その時、私の体の向こうに置いた葉梨の手が動いた。だが背中に触れようとして、躊躇っている。
 少しだけ開いた葉梨の口に、私は舌の先をそっと入れた。歯列をなぞっても葉梨は応えない。

 葉梨と目が合ったままでいた時、葉梨は背中を指先で触れた。その指先が下へ向かっていた。
 私は長袖のTシャツの下にブラトップを着ている。Tシャツの裾を捉えた指先は、中へ入り背中を撫ぜ上げてゆく。
 それがくすぐったくて、唇を離してしまった。

「んふっ……くすぐったい」

 私の背中に添わせた葉梨の指先は肩甲骨の下で止まったままだ。
 葉梨を見ると、もう不安そうな目はしていないが、ただ、私を見ているだけだった。
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