ファーレンハイト/Fahrenheit
 葉梨の、下腿に当たる熱く張りつめた硬いものに私は触れたくて、手を伸ばした。だが、葉梨は私の体に腰を強く押し付けて、触れさせないようにした。なぜだろうか。それを横目で見ると、葉梨は耳に唇を付けた。

 吐息混じりの、優しい声音。でも、男の声だった。二人きりの時にしか聴けない葉梨の声――。

「奈緒は、『今日は何もしない』って言ったよね」

 背筋がぞわりとした。

 葉梨は私の下肢に足をかけ、私の口内にある指を抜き差しして、少しずつスピードを早めていった。
 耳元に寄せた葉梨の唇は首すじを這っている。
 肩を抱く腕も力を込められて、私は苦しくて、葉梨の腕を掴んで、声を漏らすと、また葉梨は耳元で囁いた。

「奈緒、前言撤回……する?」

 そう言うと、葉梨は指を口から抜いた。

 ――形勢逆転だ。

「奈緒、どうする?」

 どうしよう。したい。したいけど、葉梨の言葉が――。
 私は葉梨に向き直り、葉梨を見上げた。

「バカなの?」
「んふっ……申し訳ございません」
「……ふふっ」

 葉梨は私を強く抱きしめて、足も引き寄せた。
 見上げる葉梨は笑っている。
 だが、私を見て、笑顔を消した。
 どうしたのかと思っていると、「奈緒」と呼んだ。

「次は、俺の番だから、ね」

 そう言って、口元を緩めた。
 ああ、それは次は私がされる番、という事か。
 どんな事をされるのだろうか。考えていたら恥ずかしくて目を伏せてしまったが、また葉梨が私の名を呼んだ。
 目を上げると、葉梨は不安そうな目で私を見ていた。

「どうしたの?」
「あの……次は、ありますか?」
「はっ!?」
「あの、俺は加藤さんが好きです。でも、加藤さんはどうなのかと……」

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