ファーレンハイト/Fahrenheit

#04 いい男と庇う男

 一月十六日 午後六時二十六分

 玲緒奈さんは人の三倍、仕事する。そこにポンコツ野川が武村と交代で入った。
 頭数は一人増えただけだが、玲緒奈さんは三人分でポンコツ野川は〇・七人分だ。だから二人で三・七人分という事になる。
 したがって、増えて、減った。頭数が増えて、みんなの仕事量は減った、という事だ。……なんだよ、それでいいだろうが。うるさいな、中学の数学で躓いた俺に聞く方が間違っている。それに優衣香が懇切丁寧に教えてくれなかったら俺は今頃どうなってたか考えたくもないんだ。

 でも優衣ちゃん、ありがとうね。あの時は本当にありがとうね。
 小学生の時はバット持って追いかけて来た優衣ちゃんは中学に入ったらなぜか木刀に持ち替えたけど、その木刀を傍らに数学を教えてくれる優衣ちゃんが恐ろしくてぼくは勉強を頑張ったんだよ。
 でもね、警察官になって分かったけどね、警察官なのに『警察』って書けない奴もいて、数学が苦手でもぼくは警察官にはなれただろうからあの時そんなに頑張らなくても良かったみたいだったよ。でもありがとうね、優衣ちゃん大好――。

「敬――、ねえ、敬志」
「はいっ!」
「今、何を考えてたのかしら?」
「えー、オーストラリア産小麦の豊作でアメリカ産小麦の不作の懸念が相殺されましたから、国際市況の押し下げ――」
「そんな事、一ミクロンも考えてないでしょう?」
「ええ、よくお分かりで」

 傍らに置いたピコピコハンマーを掴み、俺の頭にピコピコハンマーを振り下ろす玲緒奈さんと、それを怯えた顔で見る加藤と三人で事務処理をしていた俺は、現実逃避をしていた。
 話の方向性を考えると優衣香の妄想カタログはだめだと考えて、頭数と仕事量の計算をしようとして、計算が出来なかった。

 ――もうっ! 敬志の馬鹿!

 そもそも加藤が、加藤があんな事を言うからだ。加藤のせいだ。
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