ファーレンハイト/Fahrenheit
 玲緒奈さんの前では絶対に嘘をつけない加藤は言ってしまったのだ。「松永さんの全裸を見た事はあります」と。

 加藤と葉梨のウキウキ惚気話を聞き出そうとする玲緒奈さんに、正直に加藤は答えていた。
 加藤の「葉梨はすごくいい体をしていました」と頬を赤らめて言う姿には驚いたが、「下半身もちゃんと鍛えていて」と続けた加藤へ俺が下ネタで返すと、玲緒奈さんはやっぱり俺の頭にピコピコハンマーを振り下ろし、それを見た加藤が「葉梨は松永さんよりも脂肪が付いてましたけど」と言った。

 それはどういう意味だと玲緒奈さんは問い詰め、正直に加藤は答えた。「松永さんの全裸を見た事はあります」と。
 だから俺はその瞬間に現実逃避を始めた。

「風呂上がりに全裸で加藤の前に出たのは俺の責任です。謝罪はしました」
「謝罪は受けました」
「……いつの話かしら?」

 ――マズい、玲緒奈さんは加藤の嘘に気づいた。

 俺をちらりと見た加藤は、「七年前です」と答えた。七年前に全裸を見せたが、実はもう一回、ある。五年前だ。

「七年前のその頃は、敬志は太ってましたわよね?」
「はい、そうです」

 どうしても一時的に体型を変えないといけない仕事で、その為に十五キロの増量をしたが、加藤に全裸を見せてしまった時は減量をして元の体重より五キロ多かった時だった。おそらく、今の葉梨より脂肪は乗っていただろう。

「正直に言って下さる?」

 加藤が正直に言ってしまうのはマズい。俺が悪者になればいい。それしかないだろう。玲緒奈さんは加藤が男関係で身を持ち崩さないように相澤を付けたのだし、俺を信用して七年前から俺も監視するように命令したのだから。だが俺が嘘をついても、玲緒奈さんは見破る。ならば、正直に言わなくては。

「五年前、加藤と関係を持ちました」

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