ファーレンハイト/Fahrenheit
 バーテンダーの望月奏人はテーブル席を片付けていた。シルバーのトレーにグラス、灰皿、小皿、カラトリーを手際よく並べて持ち上げた所でドアベルの音が聞こえ、ボックス席から顔を覗かせた。
 客は男二人。長身の男で、フードを被った男はマフラーで目の下まで隠していて、目しか見えないその姿と、スーツの男の落差に望月奏人は驚いた。

「いらっしゃいませ」

 トレーを持ち上げて、カウンターに置いた。
 スーツの男、葉梨将由の顔を覚えていた望月奏人は葉梨に微笑み、フードを被った男を見た。

 フードを取り、マフラーを外した松永敬志へ、「カジュアルな格好は久しぶりに見るね」と声をかけると、松永は「髪も短くして心機一転だよ」と答えた。

「反省して、頭丸めたの?」
「ふふっ、そうだね、それもある」

 二人の会話の意味が分からない葉梨将由は、松永敬志と望月奏人が符牒を介して意思疎通を図る二人に気づき、目線を外した。

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