ファーレンハイト/Fahrenheit

#07 幕間 言葉足らずの乙女心

 午後四時五十八分

 ――この世は不条理だ。

 私は今、リビングにある全身が映る大きな鏡で自分を見ている。

 ネット通販で買った物を着て大きな鏡で見ているのだが、着用画像では裾が骨盤を覆っていたのに私が着たら臍が見えている。どういう事だ。

 原因は分かっている。私の背が高いからだ。
 一昨年の健康診断で身長は一メートル六十八センチだったが、昨年の健康診断では一センチ伸びていた。おそらく原因は懸垂マシンだろう。

 ――今年は大台に乗るのか?

 大丈夫だ。大台に乗ったところで葉梨は一メートル八十五センチだ。大丈夫、超えない。まだ、大丈夫。それだけは安心して良いだろう。
 だが、ネット通販で買ったこれはどうなのか。臍が見えているのだ。小さい女の子ならば大成功だったろうが、いかんせん私はでかい女だ。やはり失敗だったのだ。臍が見えている。

 ――この世は不条理だ。

 先週、私はネットで『初エッチで男性が彼女に着て欲しいランジェリー』というタイトルの記事を読んでいたのだが、そこに書かれていた男性は全員、違う事を言っていた。何の参考にもならないじゃないか。そう思った。
 仕方なく私はベビードールが良いだろうと考えて、ネット通販で商品を見て、買った。

 だが、それが、これで、臍が見えている。
 ネットで調べた私の努力は、水の泡――。

 ――この世は不条理だ。

 実は、参考にしたいからと松永さんに質問をしたのだが、結論から言えばそれも失敗だったのだ。
 彼女からまだおあずけを食らっていて悶々としている松永さんに、彼女が着ていたら嬉しいランジェリーを聞いてみたのだ。
 松永さんは元気良く「全裸」と言い、聞かなきゃ良かったと思った。だが、「葉梨は喜ぶと思うから、本人に聞いてみたら?」と言ったのだ。
 そんな事、恥ずかしくて聞けないだろう。聞けないから調べたのだ。葉梨に聞けないから松永さんに聞いたのだ。松永さんは女心を分かっていないと抗議すると、「なんで俺に聞くのは恥ずかしくないの?」と呆れられた。

 仕方ない、松永さんの言う通りに葉梨に聞いてみよう。
 写真を撮って、葉梨に送ってみよう。
 葉梨の好みのランジェリーはどういうものなのだろうか。
 これは葉梨の新しい一面を知る事になるコミュニケーションだ。私は頬が緩んだ。

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