ファーレンハイト/Fahrenheit
 葉梨にこのベビードールを平置きして真上から撮った写真をメッセージアプリで送信した。「これはどう?」とメッセージを送ったのだが、葉梨は「証拠品ですか?」と返して来た。

 ――違う、そうじゃない。

 そうか、フローリングに平置きするのは何となく嫌で、このマットに平置きしたのがいけなかったのか。
 実家で父から何かに使うだろうと言われて持たされた、透明なデスクマットの下に敷くこのグリーンのマットが良くなかったのか。
 ああ、言われてみれば確かに証拠品の写真のようだ。ランパブの摘発事案――。

 ――お父さん、床に転がってるケトルベルを置くよ。

 やはりフローリングに平置きは何となく嫌だから、私は畳の上にベビードールを置き、正座して写真を撮り、それを葉梨に送った。「こっちは?」とメッセージを送ると、返ってきたメッセージが「押収品展示ですか?」だった。

 ――違う、そうじゃない。

 だが、言われてみれば確かに押収品展示のようだ。
 新人の頃、窃盗未遂で逮捕した男性宅から押収した大量の女性用下着をひたすら道場に並べた事がある。
 私が適当に並べていると、玲緒奈さんや先輩達から上下セットにしろとか色を揃えてグラデーションになるように並べろとか面倒な事を言われながら相澤と一緒に道場に並べた。

 相澤はゴリラだが、ああ見えても几帳面だ。一生懸命並べながら、「ピンクってこんなに色があるんだね」と、ガーターベルトを手に持ち、女性用下着で神経衰弱をしながら言った。
 私は疲労と睡眠不足でフラフラしながらそれを聞いていたせいか、出てきた言葉が「ピンクって二百色あんねん」だった。
 相澤は『お前は何を言っているんだ』の顔をしていた。私が関西弁で答えた理由は今でもよく分からない。

 その会見のニュースを見た父は私が勤務する所轄だと気づき連絡を寄越したが、「私が並べたんだよ」と誇らしげに言うと絶句していた。私は褒められると思ったのだが、今思えば、うら若き二十歳の愛娘が下着を並べている姿を想像して哀しくなったのだろう。同じ公務員とは言え、国税局勤めの父は女性用下着を並べた事は無いだろうし。

 ――お父さん、警察官ってそんなもんなんだよ。

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