ファーレンハイト/Fahrenheit

#02 君としたい(後編)

 一月二十日 午後五時五十分

 バーベルをリビングの隅に置き、お仏壇に線香を上げてリビングに戻ると優衣香はキッチンにいた。買ってきた物はすでに片付けたようだ。

 俺は夕飯の支度を始めた優衣香に話しかけようとして、カウンターに手をついた。

「優衣ちゃん、本当に、俺でいいの?」
「えっ?」

 ――優衣香は朝行って夜帰って来る普通の人と結婚するのが幸せだ。

「この二ヶ月で五回会えたけど、本来は二ヶ月とか、長い時は半年とか、それくらい会えないんだよ?」
「あー……」

 こんな話は今ここで話すような事じゃないとは思うが、どうしても聞きたかった。
 この先、結婚をしたとしてもずっと不安にさせる。でも俺は優衣香とずっといたい。優衣香が俺の物なら俺は幸せだ。でも優衣香は――。

 優衣香は俺を見つめて、「大丈夫」と言う。何が大丈夫なのか問うと、「頑張る」と答える。

「優衣ちゃん、答えになってないよ」
「んふっ、そうだね」

 優衣香は、中学二年の時に転校してきた級友の話を始めた。もちろん、俺も知っている。今でも優衣香とは友人で、彼女の話を聞くこともある。
 彼女の夫は海上自衛隊員で、一度海に出てしまえば数ヶ月は帰って来ないし、そもそもいつが出港なのかも、帰港するのかも分からない。もちろん彼女は知ってるが、「知らない」と部外者に言わなければならない。それは国防に関する事だから当然だ。音楽隊で楽器を拭く係とか適当な事を言っている警察官の俺と似たようなものだ。

「付き合い始めた時からそうだったから、そういうものだと思っているんだって」
「ああ……」
「そう言われてみれば、私も同じじゃないかな、と思って」

 優衣香が口元を緩ませてそう言ったから、俺は嬉しくなった。

「俺はね、優衣ちゃんが笑顔でいてくれるなら、それだけで良い。もし優衣ちゃんが俺が嫌になっ――」
「そういう事は言わないで」
「……そうだね、ごめんね」

 キッチンに入り、米を研いでいる優衣香を後ろから抱きしめて、耳元で囁いた。

「優衣ちゃん、したい」

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