ファーレンハイト/Fahrenheit
 仕事用は須藤からで、プライベート用は相澤だった。
 俺は仕事用のスマートフォンを取った。
 優衣香に背を向け、電話に出ると須藤の第一声は緊急事態を告げる言葉だった。

「お前は目薬は使う?」

 ――捜査員が行方不明、と。

「はい」

 ――誰だ。誰がいなくなったんだ。

「あの洗剤ってあんまり落ちないよ」

 ――同時に誰かが大怪我した、と。

「そうですね」

 ――誰よ。

「クレンザーとオリーブオイル買って来てよ」

 ――行方不明は野川里奈、本城昇太が大怪我、か。

「そこの脇の引き出しの二段目にありますよ」

 ――九十分で戻ります。

 電話を終えた俺は優衣香に振り向いた。電話の須藤の声は聞こえていたのだろう。少しだけ首を傾げている。

「優衣ちゃん、ごめん帰る。送って欲しい」
「えっ、うん……」

 おそらく、俺の目つきが変わったからだろう、優衣香は怯えた目をした。
 優衣香に車で送ってもらう事は本来はしない。だが、俺は話さなければならない事がある。
 服を着て慌ただしく支度する優衣香の姿に、俺は申し訳無いと思った。

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