ファーレンハイト/Fahrenheit

最終話 心に灯るあかり

 一月二十一日 午前一時三分

 気怠くて、目を閉じたらそのまま深い眠りに落ちてしまいそうになるのを何とか耐えて、俺の腕の中にいる優衣香にプロポーズをしようと思った。
 でも、プロポーズはもっと、想い出に残るような事をしたいとも思う。
 どうしようか。ずっと一緒にいたいと思ってるし、優衣香だって、こんな俺でも良いと言ってくれた。でも優衣香は――。

「ねえ、敬ちゃん」

 優衣香は俺の鎖骨をなぞりながら、見上げて笑顔で言った。「私、敬ちゃんの子供のお母さんになりたい」と。
 その言葉に驚いた俺は飛び起きてしまった。

「えっ……あの、優衣ちゃん、それって……」
「うーん、プロポーズ?」

 優衣香は続けた。俺が前回半年ぶりに会いに来た後からのこの二ヶ月の間に、「自分が敬志の帰る場所になれば良い」と思ったという。

 優衣香は家族を亡くして帰る家が無くなった。でも生きていけるだけの術はありこのまま一人で生きていくつもりだったが、「自分一人で生きていけるから、結婚しても良いと思った」そうだ。

 子供の頃の武闘派の優衣香は、大人になってからは愛情深くて優しい女性になったと思っていた。元々体力があって体を動かす事が好きな女性なだけで、女性らしい可愛い人だと思っていた。
 違った。優衣香は強い。

「ふふっ……嬉しい。でも優衣ちゃん……」
「なに?」
「俺も今、プロポーズしようと思ってたのに先に言われちゃった」
「えっ……」

 優衣香を強く抱きしめて、改めて俺からプロポーズさせて欲しいと言った。腕の中の優衣香は笑っていた。

 その時だった。
 優衣香と永遠に一緒にいられると思ったのに、現実に引き戻された。

 ――俺は警察官で、“音楽隊で楽器を拭く係”だ。

 ナイトテーブルに置いたスマートフォンが鳴った。仕事用とプライベート用の両方が同時に鳴っている。

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