ファーレンハイト/Fahrenheit
 店内では女性美容師が待っていた。女性美容師に野川のカットとヘアアレンジの講習をお任せする。
 俺は弟に案内されたシートに座り、鏡越しに弟と顔を見合わせるが、早くもお互いに挫けそうになっていた。

「俺、アレを初めて見た時の格好を見てさ、この胡散臭いサラリーマン風でいけると思ったんだけど、今日のアレ見たら完全に間違ってた」
「あー、方向性は合ってるけど……若干ズレてるね」
「どう見てもホストの客引きと客、もしくは女衒と売られた女」

 弟は笑いを堪えて肩が揺れている。

「俺もコレはやり過ぎだったかもとは思う……でも、頭にもリボン付けてるの見て挫けたよ」
「……小柄で可愛い子だね」
「今後は普通のスーツにするから。宜しく」
「あいよ」

 小動物の野川を横目で見て、鏡越しに俺を見た弟のため息が聞こえた気がした。

 ◇

「午後は加藤さんが来る予定だよ」

 ストレートパーマの薬液を手際よくかけている弟から声がかかった。加藤は相澤とペアを組んだから、ギャルから相澤に合わせた髪型にするのだろう。会議で見た加藤はパーマをかけたロングヘアで、グレーっぽい髪色だがハイライトとインナーカラーもしていた。

「ペアは相澤だから。相澤に合わせた髪型にしてあげて。ヘアアレンジもね」
「オッケー。加藤さんは器用だからヘアアレンジを教えてもいつも完璧なんだよね」

 その言葉で弟と鏡越しに目が合い、そのまま野川へ視線を同時に動かした。

「…………」
「…………」

 多分、二人とも同じ事を考えただろうが、あえて口にする事もないだろうと目で会話をした。

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