ファーレンハイト/Fahrenheit
 十一月九日 午後九時五十二分

 私はその男を出迎えた。
 玄関に佇むその男は、久しぶりだねと口元に笑みを浮かべている。
 黒いデニムを腰で履き、白のオーバーサイズのプルオーバーを着て、リュックを背負っていた。髪型はパーマをかけたミディアムヘア。髪色はダークブラウンだが、ところどころライトブラウンのハイライトが入っている。玄関の照明に照らされたそれはキラキラと光っていた。ネックレス、指輪、ブレスレット、腕時計を付け、髭も生やしている。

 ――今日はチャラいなあ。

「いらっしゃい。()()()()()()()()()()の地方公務員さん」

 私のその言葉に笑う男の名は松永(まつなが)敬志(たかし)。私の幼なじみだ。
 敬志は、私を視界に入れながらも私を見ていない目の動きをしている。いつもの事だ。視界に入る物を全て記憶するそれについて、敬志は職業病だよと言っていたが、私にとっては会わなかった間に起きた事を全て見透かされるような、そんな気持ちになるからあまり好きではない。
 敬志は後ろ手で鍵を締めた。その動きを不思議に思っていると、敬志は鍵を締めた手とは反対の手に持つ物を、私に差し出した。

「ちょっと早いけど誕生日おめでとう」

 敬志が差し出したそれは薔薇の花束だった。五本と七本の深紅の薔薇の花束二つ。
 ありがとうと答えつつ、二つある花束を見比べた。敬志はその私の姿を見て言葉を続ける。「誕生日は十二日でしょ、だからだよ」と言ったが、なぜ二つの花束なのかの答えは無かった。

 敬志は靴を脱ぎスリッパを履いて、振り向いて自らの靴を揃えた。その流れは躾が厳しかった敬志のお母さんを思い出す。
 家族にすら()()()()()()()()()()としか言えない警察官の母であり、警察官の妻だったおばさん――。
 私はおばさんに先週会ったよと言うが、敬志は「ああ、そうなの」と素っ気ない。息子なんてそんなもんなのかなと思うが、職業故かも知れない。
 隣に住む、次男の敬志と同い年の私を娘のように可愛がってくれたおばさんとおじさん。

 ――あなた方の次男坊は女の家に来て男の気配を探ってますよ。

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