ファーレンハイト/Fahrenheit

#06 幕間 ここから始まる二人(前編)

 この店ではハンドサインと目配せ、私の十指のどこに指輪をしているか、それに注文するカクテルの種類で意図が伝わるようにしてある。

 松永さんにここへ初めて連れて来られたのは六年前だった。この四十を少し超えた位のバーテンダーと松永さんの関係は知らない。だが、おそらく、彼は情報提供者だ。それも関係が長い。
 私が払う会計は通常料金だが、『彼が受け取る手間賃』は松永さんが私の分も支払っているのだと思う。

 私がジャックローズを注文する時のサインは、連れの男の視界から見えない所へ行って欲しいという意味と、もう一つ、他の意味がある。

 ◇

「ジャックローズをお願いします」

 葉梨はペースが早い。私は今四杯目だが、彼は六杯目だった。最初にモスコミュールを注文し、その後はビールだった。サーバーのゴールドの注ぎ口から注がれるビールが楽しかったのか、嬉しそうに眺めていた。

 葉梨の脚に置かれたままの私の手は、葉梨の指に翻弄されている。優しく執拗に、緩急を織り交ぜた葉梨の指先は、私の体をも熱くさせている。
 手を引っ込めたい気もするが、このまま葉梨に委ねたままでも良いとも思う。

 バーテンダーが消えたら私は葉梨の耳元で囁くのだが、どうしようか。

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