ファーレンハイト/Fahrenheit
第4章

#01 傾く心

 警察学校に入って初めて加藤を見た時、カッコいい女の子だと思った。ショートヘアで切れ長の目、目鼻立ちの整った美人。背が高くて痩せていて、男が近寄ると少し嫌な顔をする女の子。
 誰よりも足が速くて、ぶっちぎって行く加藤の後ろ姿をいつも呆然と眺めていた。

 卒業後に赴任した署が同じで、この頃には男が近づくと嫌な顔をする女の子になっていたけど、俺だけは近づいても加藤は嫌がらないから、加藤を見て色めき立つ先輩達から飲み会に連れて来いと言われた。
 その都度加藤に怒られて、俺が一緒に行くからと言って、やっとの思いで飲み会に連れて行った。でもやっぱりいつも帰り道で俺は怒られていた。いつも手の甲で頬を叩かれた。
 体格差、体力差があって俺の方が強いのは当然なのに、どうしても加藤は怖かった。

 二十四歳の時に俺は別の所轄に行った。加藤もその後は別の所轄に行って、会うのは年に一、二度で、電話は月に一回はあった。
 酔っ払った加藤が電話して来ると毎回「電話切ったら殴りに行く」と言うから怖くて切れなかった。
 酔っ払って電話して来る時の話はいつも同じだった。「男にフラれたから慰めてよ」と。

 松永さんから『結婚するなら加藤としろ』と初めて言われたのは七年前だった。その時に松永さんは加藤の気持ちを知ったのだろう。でも、七年前に俺と加藤に何があったのか思い出せない。加藤が俺を好きになるような事は無かったはずだ。だってそんなに会うことは無かったんだから。

 でも、加藤はずっと俺を好きでいた。少なくとも七年以上も。
 そんな素振りは一切見せなかったのはなぜだろう。
 今になって好きだったと言ったのはなぜだろう。

『私は裕くんがずっと好きだった』

 今は違うという事なのかな。
 松永さんは加藤に言い寄ってる男がいると言う。
 その男と付き合うから、加藤は俺への気持ちに区切りをつけようとして、『好きだった』と言ったのかな。

 加藤はこの話をしようとすると手を出してくるから怖くて出来ないけど、このままモヤモヤした気持ちでいるのは嫌だ。

『奈緒ちゃんの恋をきちんと終わらせてあげるのも、いい男だと思うよ』

 ――奈緒ちゃんが望むなら。

 ジャスミンティーとチョコレートのソフトクリームが好きだった女の為なら俺は死んでもいいと思ってたけど、それくらい惚れてたけど、今でも忘れられないけど、でも、奈緒ちゃんが望むなら、俺はもう、その記憶を消してもいいと思ってる。

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