こぼれた花びらと小さな初恋〜年上堅物騎士が運命のつがいになりました〜

10 はじめての恋

 

 紫のライラックの花言葉は『恋の芽生え』、『初恋』

 そのキーワードをリュシーは胸の中で反芻してみる。なんだか物語が書けそうな気がしてきた。
 初恋の物語を書いてみよう、自然とそんなことを思った。


「登場人物をどうするか、ね」

 リュシーの独り言に、隣で縫い物をしていたエルザが反応する。

「ついに小説をお書きになるのですか?」

「見て、この図鑑。私の花は『初恋』が花言葉みたいなんだけど、私の花だからかしら。急に創作意欲が湧いたのよ」

「ということは恋愛小説ですか!わあ……楽しみです!」

 エルザは目を輝かせる。エルザはリュシーと同じく読書家で、リュシーの書いた物もすべて読んでくれる。私がファン一号ですからね、と言って毎度感想をくれるありがたい読者だ。

「でも初めて創作をするでしょう?登場人物の設定も考えなくてはならないわ」

「今まではエッセイでしたからね」

「そうなのよ、今回は私の感情だけ書けばいいわけじゃないのよね」

「ヒロインは侯爵令嬢で、ヒーローは騎士様、年の差ストーリーなんてどうですか?」

「もう!」

 ニヤニヤしているエルザをたしなめた後、リュシーは様々な人物を考えてみたのだが思いつかない。
 悩むだけで何分経過しただろうか。エルザが途中でお茶のおかわりを淹れてくれるほどには悩んだ。

「でも主人公はひとまず私をモデルにしてみるわ。その方が感情移入もできそうよ」

「相手はアクセル様でもいいのに」

「勝手に登場させたら悪いわよ」

 面白がっているエルザは置いておき、リュシーは物語を始めることにした。

「名前はそうね、フルールにしましょう」

 まずはリュシーの恋への憧れを描いてみることにした。
 花蜜病が発症する前は恋愛結婚がしたかった。王子様と運命的な出会いをして恋に落ちる物語のような恋愛を。
 リュシーのあの頃の気持ちをたっぷり綴れば、夢見るフルールが見えてくる。


 ・・

 夢見る少女フルールの登場する一話は完成した。隣で早速エルザが読んでいて、リュシーは第二話の出会いを考えている、のだが。ペンは完全に止まっていた。
 相手の男性像は難しい。なんとなく思いついたものをあげてみるが、ペンは何度も止まってしまう。

「これ、完全にアクセル様ですよね」

 気づくと、エルザが没にした紙を読んでいる。新話が更新されたと思って手に取ったらしい。

「こ、これは!違うわよ、案の一つよ」

「寡黙、がっしりした体躯、几帳面、優しい――」

「ああ!読まないで!」

 リュシーだって、思いついたキーワードが全てアクセルに繋がることには気づいていた。だから全部没にしていたのに!

「し、仕方ないでしょう。私はアクセル様くらいしか、男性とお話したことがないのよ!知っている男性を思い浮かべただけよ!」

 すごく恥ずかしいものを見られてしまった気がして慌ててエルザの紙を返してもらう。

「でもヒロインのフルールにはこれくらい包容力のある大人の男性が似合いますよ」

「……検討するわ」

「ちなみにリュシー様とアクセル様もお似合いだと思いますよ」

「……そうかしら」

「私から見るとお二人の空気は親密になってきてると思いますよ。リュシー様も以前のように結婚生活は嫌ではないでしょう?」

 それはリュシーもきっぱり頷いた。
 以前イリスさんに他の道も提示された時は安堵したし、結婚以外も考えていた。でも今はこの穏やかな生活は気に入っている。

「アクセル様は私のことを子供だと思っていらっしゃるけどね」

「そうでしょうか?」

「そうよ、治療のキスはお父様やお兄様が私にしていたキスのようだわ。おでこが唇に変わっただけよ」

「真面目な方ですからねえ」

「まあいいわ、三年後には私だって色気たっぷりの大人になるのよ。アクセル様も子供扱いできなくなるわ」

「それって……いえ、そうですね」

 今はこの穏やかな生活が続くだけでいい。これからたっぷり時間はあるのだから。以前は恋人のような夫婦が全く想像できなかったけれど、今は少しだけ想像することができるとリュシーは思った。


 ・・

 その日の夜、リュシーはソファでお気に入りの恋愛小説を読み返していた。

 一日中考えていたが、結局小説に登場させるヒーロー像は全く思いつかなかった。いや、思いつきはするのだ。それが全てアクセルになってしまうだけで。
 完全に詰まったリュシーはヒントになるだろうと思って、お気に入りの小説を読んでいる。

 大好きな小説の王子様、ルイ王子のようにサラサラの髪の毛、スラリと伸びた手足、優しいけれど少し意地悪でヒロインを溺愛する。たくさんの甘いセリフにドキリとさせられる。そうそう、これがリュシーの理想の王子様だ。

 けれど。どうしてか、ときめかない。


 ガタリと音がして、リビングにアクセルが入ってきた。風呂に入っていたアクセルの髪の毛は少しだけ濡れている。
 リュシーは大丈夫だと言っているのにいつも早く上がってきてくれる。あの日のようにビチョビチョなことはさすがにないけれど。

「ミルク飲むか?」

 キッチンに移動したアクセルがリュシーに尋ねる。

「私もコーヒーを飲んでみようかしら」

「苦手だろう」

「そうですけど」

「無理しなくていい」

 そう言うと自分の分のコーヒーを淹れ始める。髪の毛がおりているアクセスは少し幼く見えて、夜は少しだけ近づいた気がする。

「でも今夜はコーヒーを飲んでみたい気分だったんです」

「わかった」

 アクセルがカップを二つ持ってダイニングテーブルに移動するので、リュシーもソファから移動した。リュシーの前に置かれたカップからはコーヒーの香りがする。一口飲んでみる。

「苦くないですよ!私も飲めます!」

「うん」

 アクセルはまた穏やかなまなざしを向けている。あ、子供扱いされてる目だ。リュシーはそう気づいてマグカップに目を向ける。アクセルのものとは色が全然違う。たっぷりミルクが入っているようだ。

 アクセルはいつも通り仕事を始めたから、リュシーも日記を書くことにした。

 日記を開きながら、もはやコーヒーとはいえないほどミルクがたっぷり入ったもの、を飲む。
 少しだけ苦みはあるけど、優しい味だ。アクセル様みたいだわと思ったリュシーはその気持ちを文字に綴った。

 書き終えた後、日記をペラペラとめくってみる。
 ――なんだか毎日アクセル様のことばかり書いているわ。今まで読み返すことはなかったが、なんとなく気になったリュシーは最初から読んでみた。

 何ページめくっても、どのページも、アクセルがしてくれたこと、アクセルへの感情が描かれている。

 これは、まるで恋愛小説ではないか。

 毎日、他意なく素直に思ったことを残していただけだが、日記に積もっていた感情を読めば読むほど、身体が火照って心臓が早くなる。
 まさか――。それでも、そこに描かれた感情に嘘がないことは知っている。
 読者として、日記の主がアクセルという人物に恋をしているのがわかる。

 文章を形にすることで、恋心まで可視化されてしまうなんて。
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