こぼれた花びらと小さな初恋〜年上堅物騎士が運命のつがいになりました〜

11 はじめて芽生える

 

 どうしよう。自分の文章によって自分の気持ちを気付かされたリュシーは目の前のアクセルを見る。理想の王子様ではない。でも――。

「どうした?」

 リュシーの視線に気づいたアクセルがこちらを見る。

「い、いえ。なんでも……」

 リュシーはごまかすが、アクセルはリュシーをじっと見ている。
 もしかしてこの気持ちに気づかれた!?まさか彼は人の心が読めるのかしら、なんてリュシーが非現実なことを思っていると、アクセルは立ち上がってリュシーのもとまでやってきた。
 そして彼はリュシーに向かって手を伸ばす。


「アクセル様、本当に心が――」

「花が頭に」

 アクセルが手を伸ばしたのはリュシーの頭、髪の毛だ。大きな手に撫でられているようで、頭から熱が全身にまわりそうだ。

「えっ」

「飾りではないな、君の花だ」

 髪を撫でられたわけではなく何かを触っているようだ、リュシーには見えないがどうやら頭に花が咲いているらしい。アクセルは立ち上がり、戸棚から手鏡を出してきてリュシーに渡した。

 紫の花がいくつか、髪の毛の色々なところからのぞいている。小さな花は髪飾りのようで可愛らしい。とても可愛いのだが、

「どうして?」

「先程までなかったが……」

 アクセルも困惑した表情をしながら、リュシーの前に膝をついて座る。目線を合わせてよく観察しようとしたのだろう。アクセルが髪の毛をかき分けるのをじっと動かずに座っている。

「頭皮から茎が伸びているな」

 遠目で見ると可愛い飾りのようだが、近くで見たらなかなかグロテスクではないだろうかと不安になる。
 アクセルは全ての花を一つずつ確認するから、三分ほどリュシーは指の感触に耐えるしかなかった。

「取れそうにないのですか?」

「軽く引っ張っても取れそうにはないな」

「強く引っ張ってみたらどうですか?」

「それはやめておこう、抜いた後が想像できない」

「そ、そうですね」

 ポロッと取れてくれたらいいが、抜くことで皮膚がどうなるのか想像つかないことに気づく。そう思うと少し怖い。

「どうして急に」

 髪の毛からアクセルの手が差し引かれた。しかしアクセルはじっと観察を続けていて、リュシーの前からは動かずに距離は近いままだ。シルクの寝間着から彼の肌が見えて、リュシーは顔が熱くなる。

「うわ」

 アクセルが珍しく驚きの声を上げる。

「どうしました?」

「花が増えた。進行しているのだろうか」

 突然の出来事にアクセルは動揺しているようだ。今まで花がこぼれたのは涙や汗の代わりだけだ。一度も肌から生えたことがない。

 まさか、感情の昂ぶりに合わせて花が生えてしまったのかしら。そんな説明を受けた覚えはないがリュシーはそうとしか考えられなかった。しかしアクセルにそれを説明するわけにもいかない。

「……」

 リュシーは今頭に生えている花を恐ろしいとは思わなかった。花言葉は『恋の芽生え』。ポジティブな考えかもしれないが、今の自分にピタリと合っていてこの初恋を応援してくれてるような気がしたのだ。

「今日は早めに治療をしてもいいか?」

 リュシーと反対にアクセルは不安な顔のままだ。それはそうだ、家族の病気の症状が進行しているのだから。

「はい」

 真剣な表情に頷くしかないけれど、どうしよう。

 リュシーの恋は芽生えてしまっている。気持ちを文章で形にするだけでなく、なんと花まで生えてしまっている。
 こんな気持ちでキスをしてしまっても、大丈夫だろうか。

 アクセルは膝をついた体勢のまま少しだけ近づき、左手でリュシーの髪の毛に触れた。花に触れたかと思うと手のひらは後頭部に移動し、リュシーの顔を引き寄せて唇を合わせた。
 いつもリュシーが背伸びをするのに、今日はアクセルを見下ろしている。目を少しだけ開けるとアクセルのまつげが見えた。
 すぐに目が合う、アクセルも目を開けたのだ。唇は離れるが、見つめられたまま顔はほとんど離れない。
 こんなに明るい所でこんなに近くで見つめられたのは初めてで、リュシーの顔はずっと熱いままだ。

 アクセルは頭に添えていただけの指をもう一度動かした。髪の毛をかきわけ、太い指が頭皮を這っていく。思わず身体がぴくんと震える。指が花を探し当てた。アクセルが茎を撫でるから、まだ花が繋がっているのだとリュシーにもわかる。

 そしてもう一度アクセルはリュシーに口づけた。唇を合わせながら彼はリュシーの髪の毛をかきわけて確認する。
 くすぐったくて、恥ずかしくて、いちいち指の動きに身体が反応してしまう。ただ病気の進行を確認してくれているだけなのに。

 息が苦しくなってアクセルの肩をとんとん叩く。アクセルが少し離れて、リュシーは大きく息を吐いた。

「はあ……」

「すまない、でもまだ花が残っている」

 手のひらは髪の毛に差し込んだまま、心配そうにリュシーを見上げている。

「じゃあ、もっとしてください」

 すぐにアクセルは顔を近づけて唇を合わせた。遠慮がちなアクセルの唇は固く閉ざされているけれど、動かされる指は大胆だ。片手で確認していた手のひらが両手になって、リュシーの頭は両側から包みこまれている。
 このまま食べられちゃいそうな手のひらと、真面目なキスがアンバランスで息だけでなく胸まで苦しい。

 息が苦しくなる頃に唇は離れて、少しだけ酸素を取り込む時間を与えられる。しかし花を確認するだけの時間だけだ。まだ花が取れていないことをアクセルが確認すると、もう一度唇が合わさった。

「苦しいか?」

「少し」

 花がなかなか取れないことにアクセルは焦りの表情を浮かべているが、リュシーは何も考えられなかった。
 大きな手に髪をかき混ぜられ、何度もキスをされる。好きだと気づいた相手にそれを続けられるのだから当たり前だ。
 息がうまくできないから、ぼうっとしてしまう。ぼんやりとアクセルを見つめると、アクセルはギュッと目をつむった。

「アクセル、さま?」

 アクセルはもう一度リュシーの顔を引き寄せてキスをした。
 五秒ほどして、アクセルは唇を離すと頬にキスをした。リュシーが戸惑っているうちに髪の毛にもキスをした。くすぐったくて目をつむるとまつげにキスを落として、鼻にも軽くキスをした。リュシーの手を取って指先にもした。息苦しくないようにしてくれているのかもしれないけれど、

「あの、恥ずかしいです……」

 恥ずかしくてリュシーからアクセルの手を取った。そして真似をして小さくキスをしてみる。

「えっと、私からでもいいんでしょうか、キス」

 小さな声でリュシーが尋ねると、アクセルは答えてくれずに顔を近づけた。もう一度唇が合わさる。
 また髪の毛の中を手が探る。間違えたのか、耳を撫でられる。身体が震えるけどガッチリと両側から手のひらで包まれているからリュシーはキスと手の動きを受け入れるしかない。

 もうリュシーは何も考えられなかった、されるがままだ。
 もうリュシーにとっては、治療だと思えなかった。これはもう恋人の、夫婦のキスとなにが違うのだろう。
 アクセル様は何を思っているのだろう、
 目を開けて顔を見る。アクセルにいつもの穏やかさはなく、何かに急かされるようにみえる。病気が進行することの不安?命を守らなくてはいけない責任感?国に仕える騎士として国民を守る義務?

 花がいくつもはらはらと落ちていることに気づかないまま、二人はしばらくキスを続けた。
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