"愛してる"は蝶よりも花よりもずっと脆い。

きっかけは突然に

うだるような暑さの中、私は今日もビシッとスーツを着て、ヒールを鳴らしながら街を歩く。

こんなスーツや靴を今すぐに脱いでしまいたいという衝動に駆られるが、そこは我慢。

だってこれは、私の勝負服なのだから。

このスーツを脱いでしまったら、私はただの芋女。

職場ではイキイキと振る舞い、家に着いた瞬間から私は一気にだらだらモードに突入する。

染谷(そめや)さん、この書類なんだけど先方から問い合わせがあったわよ。外線1番に電話」

「はーい、了解です」

会社に戻ってすぐ、取り引き先の方からの電話対応なんてついてないな。

実を言うと、私は電話対応がちょっと苦手。

表情が見えないから何を考えてるか分からないし、顔を合わせて話をする方が私はずっと好きだ。

「お電話変わりました、染谷です。ご要件をお伺いいたします」

面倒臭いという感情に蓋をして、私はよそ行きの声で電話に出る。

ていうか、さっき同じこと直接説明してきたんだけど絶対話聞いてなかったでしょ。

直接説明してきたことをもう一度説明し、私は電話を切った。

「染谷さん、ほんと何でもできるよね」

「分かる、サラッとこなしちゃうところとかすごい憧れるもん」

「そんなことありませんよ。毎日電話対応やら外回りやら覚えることだらけで、頭の中はパニック起こしてます」

「うちの会社ってさ、めちゃくちゃホワイトだけど規則厳しいよね」

「まぁでも、緩い社風よりはいいけどね。だらだら仕事するのって意外と時間の無駄だし」

「私もそう思います。メリハリがしっかりしていた方が、仕事しやすいですよね」

仕事の合間に先輩や同僚たちと雑談をしていると、急に営業部のフロアがザワついた。

「今日も社長イケメンねぇ〜」

「あのクールな雰囲気たまらないわよねぇ」

その人物が現れたことにより、女性職員が一気に色めき立つ。

たしかに顔は整ってるし仕事もできるし、いわゆる完璧人間ってやつなんだと思う。

でも私は、彼が苦手だ。

あんな完璧人間、絶対やばい秘密を持ってるに決まってる。

「営業部に染谷(ちか)さんっているよね?」

「はい、染谷さんならあそこに…あれ、今までいたのに!」

なんで私が名指しされたのか知らないけど、関わったらろくなことにならないのは目に見えている。

そんなことならさっさと退散してしまうに限る。
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