"愛してる"は蝶よりも花よりもずっと脆い。
「あー、染谷さん? 逃げたって無駄だからね?」

「い…いつの間に…てか、私になんの用ですか?」

「ここだとちょっと話しにくいから社長室に来てほしいんだけど、今手空いてるかな?」

「申し訳ございません、ちょっと今手が離せない状況でして。また別の機会にお願いします」

「何言ってんのよ! それ私が代わるから、社長のところ行ってきなさい!」

「田中さんありがとう。ちょっとだけ染谷さん借りていくよ」

私はついて行きたくないから逃げてたのに、なんてことしてくれるんだ。

普段はすごくいい先輩なんだけど、今日ばかりは恨み言が出てきてしまう。

営業部のみんなに送り出されて黙って社長のあとをついて行くと、社長室ではなく運転手付きの豪華な車に乗せられた。

「なんで車なんですか? 社長室って言ってましたよね」

「いちいちうるさい。社内で話せるようなことじゃないから連れ出してんだろ。それくらい分かれよ」

「そんなことも分からない女に、何の用ですか。仕事が残ってるので早く会社に戻りたいんですけど」

「お前の仕事は田中とかいうやつが変わってくれただろ。心配無用だ、黙って俺についてこい」

なんだこの強引な男は。

自分が誰よりも偉いとでも思っているのかなんなのか知らないが、あまりにも横暴だと思う。

私には私の仕事があるのに連れ出されて、その挙句なんでここまで言われなきゃいけないのか。

「今から俺の家に向かう。そのまま会社が主催するパーティに俺の妻として参加して欲しい」

「…今なんて?」

「耳の穴かっぽじってよく聞けよ。お前は今から俺ん家に来て身支度を整えたあと、会社が主催するパーティに俺の妻として参加してもらう。詳しいことは紙に書いてあるから、着替えながら目通しておいてくれ」

「あのさ、全然理解が追いつかないんだけどさ。私、あなたと結婚した覚えないんですけど」

「そりゃあそうだろ。だって、今日が結婚1日目になるんだから」

この人、マジで何言ってんの?

え、普段完璧人間すぎてちょっと壊れちゃった?

さっきから自分がやばいこと言ってるって自覚、絶対ないでしょ。

「大変申し訳ありませんが、この話は辞退させて頂きます。社長の奥様役なんて、他に適任な方が沢山いらっしゃいますし」

「俺は(ちか)じゃないと嫌なんだよ」

「なんで私なんですか? 今までまともに接点もなかったでしょう」

「俺がお前に惚れたからだ。それ以外の理由はない」

やっぱりこの男、頭おかしいんじゃないの。
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