"愛してる"は蝶よりも花よりもずっと脆い。
「ここ…どこなのよ…」

トイレから出て一目散に走ったはいいが、ここは一体どこなんだろうか。

遠くの方でパーティの賑やかな声が聞こえるが、私がいるところは薄暗くてちょっと怖い。

右も左も確認せず、ただがむしゃらに走っていた数分前の自分に説教してやりたい。

周りには誰もいないし、かといって変に動き回るのも危険な気がする。

そう思った私は、バッグの中からスマホを取りだして社長の番号に電話を掛けた。

「社長ってば何やってんのよ、早く出なさいよ」

ぶつぶつ言いながら何度目かの呼び出し音を聞いていると、後ろからポンと肩を叩かれた。

「きゃあ!」

「うるせぇよ。お前、如月社長と一緒にいた女だよな?」

「人違いです。私はただ道に迷ってしまっただけで…」

「おいおい、嘘は良くないぜ? あんたが着てるドレス、すげぇ高そうで覚えてたんだよな」

「何が目的なんですか」

「目的、か。あんたさぁ、如月社長とどういう関係なの? まさか奥さんなんてことないよね?」

「俺は奥さんじゃなくて愛人だと思うぜ? 距離感も微妙だし、なんかぎこちねぇじゃん」

「あなたたちは一体誰なの? 如月社長に何か恨みでもあるわけ?」

「恨みなんかねぇよ。俺らはただ、あいつが余裕なくす顔を見てみたいんだよね。だってあいつ、普段からクールに決めて何でもできますって感じなのがムカつくじゃん?」

「そんなの他所でやってよ。どうして私を巻き込むわけ?」

「あんたを攫っちゃえば社長のだっさい顔が拝めるんじゃないかと思って」

「ふざけないでよ。あの人は、私みたいな女が攫われたくらいで焦るような人じゃないわよ」

「ごちゃごちゃ騒ぐとさ、乱暴しちゃうよ?」

「私にそんなことをしたら、如月社長が許してくれないわよ」

「それはそうかもね。まぁ、お姉さんちょっと眠っててね」

「ちょっ、何を─────」

2人いた男のうち背の高い方が、私の口に何かを押し当ててきた。

この人たちの目的は知らないけど、なんで私が攫われなきゃいけないのよ。

社長に何か恨みがあるなら、そっちで勝手にやって欲しいわ。

社長も社長よ、ほんと。

私のこと守るみたいな偉そうなこと言っておいて、いざ攫わられそうになってるのに全然助けに来ないじゃない。

次に顔見たら、一発くらい殴ってやろう。

「お姉さん、おやすみ」

男たちのその声を最後に、私はそこで意識を手放した。
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