うろ覚えの転生令嬢は勘違いで上司の恋を応援する

お兄様の襲来

 私はパスカル様と待ち合わせ、一緒にお兄様を迎えに行った。
 お兄様は広場で、ハワード候爵とはパティスリー・アニエスで合流する手はずなのである。

 お兄様には、今日紹介したい人が居ると手紙に書いて送っている。パスカル様とも知り合いで、首都を見物する前にぜひみんなでお茶をしましょうと。

 待ち合わせの噴水広場ではマーケットが開かれており、どこもかしこも人だかりである。が、攻略対象の特権というべきか溢れるオーラやらフェロモンやらのおかげでお兄様はすぐに見つかった。

「お兄様!」

 呼びかけると、彼は振り返り微笑を溢す。その瞬間、周りの女性が頬を上気させて騒めき、お兄様に視線が送られた。
 そんな中で彼に駆け寄るのはなんだか憚られるのだが、お兄様は領地でいるときと同じように両手を広げてスタンバイしているので、私は仕方がなくその腕の中に収まった。

 お兄様は私の頬に唇を当てて微笑む。その柔らかな瞳を見つめると、ちょっと安心した。が、それも束の間で、視線を感じて振り返ると花壇の合間からジネットがこちらを見ているのと目が合い、身体が硬直する。

 しかし、視線が合うや否や、彼女は慌てて去っていった。

 何だったのだろう?もしかしてお兄様かパスカル様に会いに来たのかな……?

 仮にそうだとしたら彼女のことだから大胆に話しかけるはずだ。疑問は残るが、今はお兄様の説得が優先事項である。

 ふと、お兄様が目の前にある屋台の店主に声をかけられ何かを受け取る。その手を見ると、鳥かごを持っていた。鳥かごの中には綺麗なアイスブルーの小鳥が入っており、ピチュピチュと楽しそうに鳴いている。

「まあ可愛い。マーケットで買いましたの?」
「うん。ここ最近寂しいから話し相手にと思ってね」
「ふふ、お兄様ったら。領地にはお兄様とお話ししたい方がいっぱいいらっしゃると言うのに」
「でもね、僕が本当に話したい人は傍に居てくれないんだよ」

 これはもしかして、恋煩い?
 も……もしかしてジネットのことかな?お兄様は攻略対象ですし。

「そ、そのお方はどんな方なのです?」
「この鳥と同じ綺麗な水色の髪を持つ子で、瞳は澄み渡った夜空に浮かぶ満月のような金色だよ。この鳥と同じで元気に動き回っていてとても愛くるしい子だ」
「……お、お兄様とも同じ色の髪でいらっしゃるのね……」

 あ、ジネットじゃない。

 嫌な予感がした。冷や汗がどっと噴き出してくる。
 そんな私の様子を見て、お兄様の言わんとしていることを察したパスカル様が彼を止めようとしたが、もう遅かった。

「その子もこうやって籠の中に入れられたらどんなにいいことだろう……。僕の知らないところで残酷な人間や不埒な獣たちに狙われていないか心配だ」

 どうやら、お兄様は私の左遷のことを耳にしてしまったようだ。

 お兄様は手を伸ばし、そっと私の髪を掬い自分の指に巻き付ける。さっと血の気が引いてしまった私の額に自分の額をコツンとつけて私の瞳を覗いてきた。

 私と同じ、金色の瞳で。

「大切なものは、誰も触れられない所に閉じ込めて自分の近くに置いた方が守れるだろう?」

 【ヤンデレ担当】のキャラが降臨してしまっている……!!

 進学の一件以来はどうにか収まっていたのに……。首都に来たからゲーム補正で覚醒してしまったの?!

「今から会う人というのは、シエナにとって素敵なお方なのかい?」
「ええ、頼もしいお方です。いつも助けていただいております」

 ノアの時みたいにさりげなさ過ぎて気づけない時もあるけど。

 お兄様は眉を顰める。ヤバイ。選択肢を間違えたようだ。

「僕よりも?」

 尋問のように畳みかけてくるお兄様の頭をパスカル様がポコンと叩いた。

「リオネル止めろ。シエナが震えているぞ」
「本当だ?!体調が悪いのかい?!首都にある屋敷で休むかい?」
「いえ、大丈夫ですわ……少し風が冷たかっただけです」

 そう言うとお兄様はご自分の上着をかけてくれたのだが、そうじゃない。パスカル様は溜息をついてお兄様の背中を押して歩き始めた。

「もうすぐ予約の時間だし、店に行くぞ」

 そして、私たちは決戦の場に赴くのである。
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