うろ覚えの転生令嬢は勘違いで上司の恋を応援する

守るための秘密と守っていた者たち

 真っ白い世界に目が慣れてくると、目の前に誰かいるのが分かった。
 ジネットだ。

「エルランジェ嬢……?なぜここに?」
「いいえ、私はセレスティーヌ・フェリエール・ローシェルト」
「王女殿下?!ご無礼をお許しください」
「いいえ、謝るのは私の方ですわ。貴方を巻き込んだのですから」

 セレスティーヌ王女殿下が手を伸ばすと、絵本が姿を現した。

「私の想いと、あなたの想いが共鳴して本とあなたを繋ぐ扉が開いたようです。私はそれを利用してあなたに私の記憶を見せました」
「それでは、ノア・モルガンは悪魔を召喚していなかったのですか?!」

 私の問いかけに、彼女は表情を曇らせて頷いた。

「ええ。あなたに見せたのは事実であり、私たちの罪です。ノアは私たちの為を想い1人で立ち向かい、そして1人で罪を背負い続けています。力がない私たちはそんな彼を頼るしかなかった」

 悪魔を自分の中に眠らせることで国を守ったノア。

 彼は国民からの王族の信頼を守るために王族出身の人間が悪魔を召喚したことを秘密にした。それも、国民の間に流れている噂を利用して。

 王宮魔術師団ノア・モルガンが謀反を企て悪魔を召喚したのだと。

 バージル国王陛下は弁明しようとしたがノアに止められた。
 悪魔を身体の中に宿した自分はこの先どうなるかわからない。今もなお、自分の隙をついて出てこようとしていると彼は言ったそうだ。

 だから、自分は人から距離を置いた方が良いに決まっているからこの状況を利用させてくれと。
 それに、国民の王族に対する信頼に影が落ちることを望んでいないと。

 彼はその後、魔術師団の仲間たちと図書塔を建ててそこに籠った。

 印も、塔も、彼を戒める魔法書や魔法も、彼自身が編み出したものだった。自分の中に眠らせた悪魔を抑え込むために。

 ノアを孤立させた挙句に、取り込んだ悪魔の力に苦しむ彼に何もできない彼らは心を痛めた。

 なす術もなく、王女殿下は毎日女神に祈りを捧げ、この絵本を書いたのだと言う。

 いつか、女神イーシュトリアがその力をもってこの本で彼を助けてくれるようにと。

 この絵本はノアにも見せたようなのだが、彼は見るなり苦虫を噛み潰したような顔になったという。司書が本が持つ過去を読み取らないように細工をするよう念を押してきたそうだ。

 王女殿下がその絵本で何をしようとしているのかわかり困っていたという。
 それでも、困ったような笑顔を見せたのが彼女は忘れられないそうだ。

 図書塔の床に寝っ転がって絵本を聞いていたノアの姿が過り、胸が締め付けられた。
 
「身勝手なお願いだとはわかっております。しかし、彼を助けたいのです。言の葉に姿を変えて遺した私たちの想いを導き、ノアを救ってください」
「図書塔の司書として必ず、彼を救います……!」

 そう言うと彼女は微笑み、私はまた光に包まれた。

×××

 瞼を開くと、見慣れぬ天井が視界に飛び込んでくる。
 その刹那、エドワール王子が涙ながらに私の手を取った。

「良かったー!目が覚めたー!このまま起きなかったらディランを呼んで目覚めのキスでもしてもらおうかと思ってたよぉ!」
「お目覚めの定番ではありますが、その前にフェレメレン嬢を守れなかった私たちが永眠させられていた可能性がありますよ、王子殿下」

 やはり乙女ゲームの世界。大人のメンズが二人してお花畑な発言しているよ。

 侯爵ならきっと平手打ちで起こそうとしただろう。あの人だけ世界観違うから。光に導かれて魔王を倒すレベルの戦闘能力だから。

 エドワール王子に助けてもらい身体を起こすと、国王陛下が両手で私の手を包み込んだ。

 国王陛下の話によると、私は絵本から伸びた光の植物に包まれて姿が消えたそうなのだが、部屋に現れた植物たちが消えるのと同時に戻ってきて倒れたらしい。

「何を見て来たか聞かせてくれないか?」
「……かしこまりました」

 私はノアが悪魔を眠らせたのを見たことと、王女殿下としたお話をした。
 国王陛下もエドワール王子たちも、ノアの話を聞いても全く驚いていなかった。どうやら彼らは知っていたらしく、この話はごくごく一部の人間のみが知っているらしい。

 ハワード侯爵もそのうちの1人だということも国王陛下は教えてくださった。

「どうやらそなたは女神の愛し子のようだ。本を大切にし愛しているのが女神にも伝わったのだろう」

 フェリエール王国が信仰するのは女神イーシュトリア。
 知識と博愛を司り、書物を通して人々を導くとされる。

 建国記ではその昔、初代国王をこの地へ導き白い本を渡して彼に力を授けたことから始まったとされている。

 ちなみにゲームでは、ジネットがその白の本を手にしてこの国のために戦うのである。

 女神の愛し子は聖女ほどの力ではないが、過去にも何人か現れてこの国を救ってきたのは文献で読んだことがある。

 本に干渉したり、その中にある作者の気持ちや力を引き出すことができるそうだ。王宮や神殿に所属していたとされている。

 愛し子と判明した今、私は司書を辞めることになるのだろうか?
 せっかく、侯爵が繋ぎとめてくれたのに……。

 私は唇を噛んだ。

 諦めたくないのだ。やっと手にして、そして助けてもらって繋がっている司書の仕事を手放したくない。

「……国王殿下、誠に恐れ入りますが折り入ってお願いがございます」
「言ってごらん」

 しっかりしたいのに、声が震えてしまう。 

「女神の愛し子であることを公にしないでください。私は、この先も司書でありたいのです。力が必要となればすぐに駆けつけますのでいつでもお使いください」

 この国のやんごとなきお方に、何の許しも無くお願いするような無礼なことだ。
 声は震えるが、私はしっかりと国王陛下の目を見た。

 国王陛下は幼子を安心させるかのように、私の手をぎゅっと握られた。

「女神の選ばれた愛し子であるのだ、そなたの意見を尊重しよう。それに、セレスティーナ王女の願いを叶えてもらうことになったからね。望むように助力しよう」
「多大なるご配慮に感謝いたします」
「……しかし、ディランにはこのことを話したまえ。彼なら、どんなことがあっても君を守ってくれるだろう」
「そうだよシエナちゃん。あいつは何でも知っているから。未来もわかっているんじゃないかって驚かされることもあるしな」
「わかりました。確かに、侯爵はとても頼もしいお方ですもんね」

 国王陛下は満足したように頷くと、公務にお戻りになった。

 私とエドワール王子は挨拶をして国王陛下を見送った後、午後の仕事が残っているのでエドワール王子にお見送りしていただくことになった。
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