うろ覚えの転生令嬢は勘違いで上司の恋を応援する

真新しい物語

  ジネットによる治癒魔法が終わると、彼女はこれまでのことを話してくれた。

 侯爵とジネットは、転生を繰り返していた。
 転生して、どうしようもなく死亡確率の高い私が生き残れるよう奔走してくれていたのだ。

 ジネットの場合は彼女の意思に関わらず、一生を終えると自然とループして幼少期に戻ってしまうらしいが、侯爵は自ら魔法で転生を繰り返していたそうだ。

 私とジネットが初めて出会ったのは、彼女の1回目の転生の時らしい。

 かなり親しくしていたようで、司書寮の部屋でお泊り会もしていたようだ。いささか信じられない事実である。
 その気持ちが顔に出てしまっていたようで、ジネットはもじもじとしながら衝撃的な言葉を口にした。

「私はシエナたんと、()()()()()()の話をした仲よ」
「ほ……本当にですか?!」
「なんだ?ニホントカオリサンって?」

 エドワール王子が頭の上にハテナマークを浮かべている。

「こっちの話よ。……まあ、これまでのことがあるから私の話は信じ難いでしょうね……」

 そう言うと、ジネットはしゅんとした。
 彼女にこそっと耳打ちされたが、彼女は私と同じ異世界の転生者だが、侯爵は違うらしい。

 というのも、ジネットは今の人生の2つ前からハワード侯爵にも助けを求め、侯爵はなんと”転生する”という未知の魔法をノアに編み出してもらい試したそうだ。

 ノアの半分は精霊と知ったが、それでもそんな魔法を編み出せるなんてただ者ではない。
 さすがは図書塔や戒めの魔法書を編み出した元王宮魔術師団員。

 無事に転生できたから良かったものの、失敗していたらどうなっていたことかと、考えるだけでも恐ろしい。
 そんな無茶を私のためにずっとしてきてくれていたなんて……知らなかったとはいえ鬼だなんて思ってたのが申し訳なくなる。

 更に驚くことに、侯爵とジネットは私が図書塔に配属されるよう裏で画策していたらしい。
 外ならぬジネットが動き私が図書塔に異動になる方が、私が生き残れる可能性が高くなったそうだ。
 そのため、ジネットが嫌われ役を買って出ていたようだ。

 あの悪役令嬢のようなジネットを思い出すと目の前に居る彼女が本人か疑わしくなるくらいだ。相当な演技力の持ち主に違いない。
 その迫真の演技で図書塔に追いやられた身としては、まだ今の彼女に慣れないくらいだ。
 でも、私の前世を過去の私から聞いたという事は、彼女とは本当に親しい間柄にあったのだと思う。

 それこそ、親友のような。

 また、ジネットは候爵やエドワール王子たちに協力を求める際に、この世界で()()()()()()を迎えるまでは、彼女は永遠に転生を繰り返すのだと説明していたようだ。

 そのため、何度も転生した彼女には未来が分かるのだとも。

 その()()()()()()について彼らは様々な憶測をしていたようだが、恐らくそれはノアの中に居る悪魔の消滅だったのではないかと思う。
 さっきセレスティーヌ王女殿下が口にされた言葉が暗示している気がする。

「エルランジェ嬢……私のためにありがとうございます」
「シエナたん……」
「侯爵も、このご恩は決して忘れません」
「気にするな。私の望みなのだから」
「一生涯、侯爵とノアを応援します!」
「……ん?」

 腕の中で、ハワード侯爵が身を固くした。傷口がまだ痛むのかもしれない。
 ふと、ジネットがノアにずいと顔を近づけているのが目に入る。

 たじろぐノアにはいつもの余裕が無い。まるで、猛禽類に睨まれた小動物のようだ。

「もう生まれ変わりなんて御免ですし、この転生物語に終わりと判らせるためにもおとぎ話の結末らしくキスの1つや2つでもしておこうかしら?」
「なっ……?!見境なくしようとするなんてあんた本当に令嬢なのか?!」

 ノアが顔を真っ赤にしながら更に後ずさるのが見える。エドワール王子が今までに見たことのないくらいに血相を変えて止めに入る。

「ま、待ってください!」

 私も慌てて止めた。

「ごめんなさい、エルランジェ嬢。恩人と言えどハワード侯爵とノアの仲を邪魔するのは許しません!」
「……へ?」

 ジネットは私のこの行動を予想していなかったようで、唖然と口を開けている。
 奇妙な沈黙が起こる。みんな、複雑な顔でハワード候爵を見ている。

 しまった。

 咄嗟だったとはいえ、この世界で同性の恋愛はタブーだ。
 今さらながら言ってしまったことを後悔する。

 ど、どうやってこの話片付ける?

「えっと……つまりシエナたんはこの変態筋肉と狂人魔術師が恋仲で私が二人の仲を引き裂く悪役令嬢だと思っているのかしら?」 
「表現が極端ですが……、そうです。ジネット嬢と侯爵はライバルなのかと」

 あと、エドワール王子も!

  そう付け加えようと思ったが、ジネットは何かに耐えられずして震えている。
 ノアは「なんでこんな朴念仁と……」と言って蒼い顔をしていて、エドワール王子は盛大に噴き出した。それにつられてジネットも大声を上げて笑いだす。

「ワロタ。どんな選択肢を選んだら好きな子にBLと勘違いされんの侯爵様?やはり天才だわ」
「え?!でも設定では……」
「なにか勘違いがあるみたいね。そんな設定ないわよ」

 ジネットはお腹を抱えながらそう言い、ハワード侯爵をバシバシと叩く。
 侯爵は()()については分からないようで、ただただ放心してしまったような顔だ。
 今までに見たことない表情で、この先もなかなか見れないと思うのでじっと見入ってしまった。

「フェレメレン、先ほどまでの流れで私の想い人が君であることがなぜわからない?」
「BLって勘違いされてんのに匂わせじゃ伝わらないでしょ。ウケるわ」
「何の事かわからんが、エルランジェ嬢は傷口に塩を塗らないでくれ」

 侯爵は額に手を当てて、ぐったりとした。手を除けると、くしゃりと髪が乱れている。いつもきちんと髪を整えている姿しか見たことが無いから、無防備な姿が見れて新鮮だ。

 直そうと思って手を伸ばすと、侯爵はその手を掴んで自分の頬に触れさせてきた。微かに彼の唇に触れて、心臓が跳ねる。

「これから判らせないといけないみたいだな、婚約者殿」
「ちょっと!シエナたんで変な妄想して鼻の下延びてるわよこの変態!」
「エルランジェ嬢こそ鼻息荒げてシエナに近寄るな!」
「シエナたんを下の名前で呼んだわね?!コンプライアンス違反よ!俺のシエナみたいに言わないで!シエナたんはみんなのものよ!」

 鬼と恐れられる程に全く隙が無い上司がムキになって言い返している姿に、思わず私も笑ってしまった。

 この破天荒なヒロインと、チート並みに強くて生まれてくるゲームを間違えた上司のおかげで私は命を救われた。

「侯爵、エルランジェ嬢、2人が守ってくれたこの人生を大切にしますね」

 そう言うと、ジネットは目にいっぱい涙をためる。飛びついてきて、私の肩に顔を埋めて声を上げて泣き始めた。
 この姿が本当の彼女だったんだ。今まで私のために抑え込んで見せなかったなんてと思うと、胸の中に言い表せない気持ちが広がる。
 なんだか鼻の奥がツンとして、私も目頭が熱くなる。

 するりと手の位置が変わり、侯爵の頬を押さえていた手に彼は唇を押し付けてきた。
 驚きのあまり間抜けな声を上げてしまったら、またあの艶やかな表情を滲ませてくる。

「君の居なかった人生を2つも乗り越えてきた分は埋め合わせてもらおう」
「おい変態!わたしの方が倍以上は人生乗り越えて来たんですけど?!」
「要領が悪いんだろう」

 売り言葉に買い言葉で睨みあっている2人に挟まれる。
 助けを求めようにも、ノアは遠巻きに見て笑っている。エドワール王子がジネットを回収した。

 攻略対象との愛の成就が前提の乙女ゲームの世界で、友だちを救うために奮闘した風変わりなヒロイン。
 彼女が主人公の力を最大限に行使した結果、シナリオは破壊され私たちは真新しいストーリーを勝ち取った。

 彼女に訪れたループ物語は女神様の気まぐれだったのか、それとも王女殿下の願いを叶えるために与えられた使命だったのかは、知る由もない。

 ただわかっているのは、ゲームのストーリーを終えた私たちには真新しい生活が待っているという事。

 何にも縛られない、定められてもいない、私たちだけの物語が始まるのだ。

 この素敵な仲間たちと、共に。

 侯爵はまた身体の力を緩め、私に頭をもたれかけてきた。

 視線を落とすと、とろりと甘い瞳で見つめてくる。視線が絡み、喜びや甘美な気持ちが胸を満たす。

「すまない、君の髪留めを借りていたのだが壊れてしまった」
「侯爵が持っていたんですね」
「お守りにしていた。今度、一緒に買いに行こう」
「ええ」

 今度は勘違いしない。

 失いかけて彼の存在の大きさに気づかされた。

 裏ボス級に強いクセに猫みたいに甘えてくるこの上司と、ずっと一緒に居たいと思う。


 後日談だが、ハワード侯爵とノアのBLというのは、ノアルートにならないとひたすらヒロインを追い返すハワード候爵のせいでいじけたファンの間で勝手に作られたカップリングだったという。

 それを設定と信じて2人を応援していた私の気持ちは、言うまでもない。


 敢えて言おう、「マジか……」である。
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