薬術の魔女の結婚事情

自己開示。


 結婚を明日に控えたとある日、

「何処か、出掛けたい場所や欲しい物等有りますか」

そう、魔術師の男は問いかけた。

「んー? 急にどうしたの」

本から顔を上げ、薬術の魔女は彼の顔を見る。

「……埋め合わせ、成るものをしたいと思いまして」

「埋め合わせ?」

彼女が問うと、気不味そうに目を逸らし魔術師の男は言う。

「婚約した日に、共に帰れなかったでしょう」

「ん。そういえばそうだったね」

ぱたん、と本を閉じて薬術の魔女は頷いた。実のところ、別に忘れていたわけでないが、彼の職業柄仕方のないことだろうと諦めていたのだ。

所謂(いわゆる)、デートなるものです」
「デート!」

 思わぬ言葉に彼女は目を輝かせる。だが

「んー、今日は良いかな。一緒にお家でゆっくりしよ?」

少し考えてから、薬術の魔女は提案をした。

「ゆっくり、ですか」

「そう! お家デートだよ」

「ふむ……貴女が望む成らば」

魔術師の男は微笑み、同意する。

「それでさ、きみのこと、もっと教えてよ」

 前のめりになり、薬術の魔女は彼に笑顔を向けた。

「……其れは、何のおつもりで?」

「ただの興味と好奇心」

訝しげな魔術師の男に、彼女があっさりと告げる。

「然様ですか。……まあ、知った処で、何も面白くはありませんよ」

「面白いかどうかは、わたしが自分で決めるよ」

つれないことを言うので頬を膨らませて抗議すると、

「然様ですか。では、答えられる限りは答えて差し上げましょう」

彼はそう言ってくれた。

×

「ずっと思ってたんだけど」

 早速、薬術の魔女は疑問を投げかける。

「何でしょう」

「きみ、魔術じゃない何かを使ってるよね。なんとなくだけど、猫のお家の『占術』ってやつともちょっと違う()()

「……おや。お気付きで?」

少し目を見開いた後、にこ、と彼は微笑んだ。

「そりゃもう、さすがに」

 彼女は力強く頷く。

「私、実は『呪術』を(たしな)んで居ります」

 笑みを深くして、彼は答えた。訊かれたことであるし、別に秘匿してもしなくとも、彼自身は構わなかったので、素直に言う。

「うん。前もちょっと聞いたけど、それなに?」

 実は、薬術の魔女は魔術師の男が稀に使う『魔術でない術』について調べようとしたことはあった。だが、屋敷の書庫にはそれに関連する様な書籍は一切見つからず、図書館にも『でたらめ』『伝承』『噂話』などと言った、曖昧な情報しか得られなかったのだ。

「魔力ではなく、生命力……まあ、気、念とも呼びますかね。其の様なものを使用する術で御座います」

「ふーん?」

 魔術師の男は自身に関連する物事に興味を持ってくれたことが嬉しいのか、少し嬉しそうな様子だった。
 ちなみに、呪猫で使われている『占術』は魔術と呪術の中間のような術である。それでもかなり、呪術よりも魔術に近い部類のものだ。

「呪術は中途半端に手を出すと使用者が死ぬ術で御座います(ゆえ)、貴女には勧められませぬが」

 ある程度は答えはするが、教えてられるのは概要だけだと彼は言う。

「そんな物騒なもの、たしなむやつなんて普通居ないでしょ」

 眉を寄せ、薬術の魔女は答える。
 概要を聞いただけでも結構やばめの術だった。彼が掻い摘んで話した内容は全て、かなりの体力や気力が無いと続かないだろう、と容易に想像できるものばかりだ。

「おや、貴女がそれを言いますか()()()()()『薬術の魔女』殿」

口元に手を遣り、魔術師の男は上機嫌に笑みを浮かべる。

「えっ、なに? なんか盗み聞き?」

 薬術の魔女が覚えている限り、『薬品を嗜む』なんて話は友人達の前でしかした覚えがない。

「おっと、……口が滑ってしまいましたね」

「なーんか、わざとらしい」

薄く微笑む魔術師の男を、薬術の魔女はジトっと軽く睨む。

「ふふ……処で。私も、貴女に色々と問いたい事が有るのですが」

「うん、なに?」

 彼が声をかけると、彼女は首を傾げた。何となくで話を逸らされてしまったが、気にしないことにする。

「貴女の御実家について、なのですが……」

言い難そうな、少々気恥ずかしそうな様子で薬術の魔女に視線を向けた。

「あ。そういえばわたし、きみにそういうお話あんまりしてなかったね」

 はっと気付き、「ごめんね」と彼女は謝る。

「いえ、単にそう言った機会が無かっただけで御座います(ゆえ)、其処は気にせず。(ただ)、土地の()の場所に有るかぐらいは教えて頂きたく」

「南……えっと、兎の土地にある『不可侵領域の森』だよ」

 考えるように少し目を逸らした後、薬術の魔女は答えた。
 『不可侵領域の森』とは、国や家柄土地関係なくそこに存在しており、なぜか干渉ができない森のことだ。そして不可侵領域の森は一箇所だけでなく、国の複数の場所に点在している。南部と北部がある。

「成程。書類では確認致しましたが……本当に其処にお住まいとは」

「うん。おばあちゃんのお家があるんだよ」

 驚く魔術師の男に彼女は頷く。そこは綺麗な水や豊かな自然が豊富に有り、薬草もたっぷりあった。

「其れで。実は私、其の土地には足を踏み入られぬのです」

「え、そうなの?」

突然の彼の告白に、薬術の魔女は目を見開く。

「えぇ。特に『古き貴族』の血が混ざっておりますので」

 残念そうに目を伏せ、魔術師の男は答えた。

「そっかー」

 釣られて、彼女も「一緒に行きたかったな」と眉尻を下げる。
 なぜか、古き貴族の者は不可侵領域の森には入れないらしい。それは持っている魔力や色々が原因かだと言われているが、詳細は不明である。

「私が其処へ入る為には、恐らく貴女のお祖母様の許可が要るのだと思います」

 彼はそう告げる。

「ふんふん」

相槌を打ちつつ、薬術の魔女は「(おばあちゃんの家に帰るならいつ頃かな)」と思考していた。

「許可が降りるか否かの確認だけで良いので、して頂けると嬉しいのですが」

「うん、いいよ」

 彼の頼みに、彼女は任せて! と頷く。

×

 それから、二人は互いの気持ちを確認し合った。

「……此の時期に言うのは、あまり宜しく無いのは理解しているのですが」

 前置きをして、魔術師の男は彼女を見る。

「なに?」

「一緒になれるか、どうも不安なのです」

見上げる薬術の魔女に、彼はそう告げた。

「私には、宮廷魔術師としての付き合いが有り、其れに貴女を連れていかねばならない機会も増えるかと思うのです」

「うん」

確かにそうかもしれない、と薬術の魔女は頷く。

「……礼儀作法は、大丈夫でしょうか」

「礼儀作法?」

 少し目を逸らしてから、ちら、と魔術師の男は彼女に視線を向けた。

「えぇ。貴方、苦手でしょう?」

「ん。でもまあ、」

礼儀作法の練習をした日々を思い出したのか、彼女は口を少し尖らせる。

「はい」

「きみの為なら、頑張れるよ」

 薬術の魔女は彼に笑って見せた。

「…………」

「どうしたの」

黙ってしまった彼に首を傾げると顔を逸らされてしまう。

「……なんでもありません」

「照れてる?」

 逸らされた顔を覗き込むと、彼は首を振った。

×

 お家デートでは違いのことを話したり、昼食を分担して作ったりして過ごす。外に出なくとも十分に楽しく、思いつきではあったけど良い選択をしたな、と薬術の魔女は一人頷いていた。

「私の言う事を一つだけ、聞いて下さいませんか」

 夕食と風呂を済ませ、二人はいつものように触れ合いを行っていると、ふと魔術師の男は呟いた。

「なに?」

「私の元から居なくならない、と」

首を傾げれば彼はそう告げる。だが

「え、嫌だよ」

薬術の魔女は彼を見上げ、きっぱりと言い切る。

「だって。それは、そういう『お願い』で叶える事じゃないよ」

 そして、目を見開いて固まった彼に、断った理由を話す。

「わたしと、きみ。()()()()()()()()()だよ」

「……そうですか」

 「そうでしょ」と同意を求めると、魔術師の男は目を細めて嬉しそうな様子だった。

「また、保留になっちゃったねー」

くすくすと彼女が微笑むと、彼も小さく笑う。

「……以前、『愛等分からぬ』と云いましたが」

 薬術の魔女の白い頬を撫でて、魔術師の男はぽつりと零した。

「うん」

「両親や本家の者から、『愛情』とやらを受け取った事が無いのです」

頷けば、彼は目を細める。

「教育という名の戒め以外、受け取った事は有りませぬ」

その様子が、少し寂しそうに見えた。

「出来なければ『出来損ない』だと(なじ)られ、『役立たず』だと殴られ」

言葉を語りながら、魔術師の男は彼女に優しく触れる。

「常に呪を飲み、毒を喰ろうて居りました」

その様子は、実に『慈しんでいる』ように感じられた。

「なので、『愛』等というものの認識が貴女と違う恐れが有ります」

 目を伏せ、彼は言う。

「ずれて、歪んでいるのだと思います」

自身に縛ろうとする事も、捕らえようとする事も、彼にとっては『愛情』の一つだった。

「其れに。私の身体は、呪と毒が無ければまともに動かないのです」

毎晩、自身の身体を蝕むと知りながらも呪いをかけ続け、蝕む呪いを新しい呪いで歪めて、動けるようにしているのだ。

「恐らく、長く共に居れば貴女にもその影響が出ます。……具体的には分かりませぬが」

 自身しか信じられなかったからこそ、彼は自身を犠牲にして自身を呪っていた。

「貴女は、斯様な私でも……宜しいのですか」

「むーん……?」

 魔術師の男の独白に、薬術の魔女は少し首を傾ける。

「人の愛し方なんて、決まってる訳じゃないし」

 「(なにゆってんのかイマイチわかんないけど)」と内心で思いながらではあったが、それが彼の本音なのだろうと、その言葉に彼女は向き合った。

「わたしは嫌だったらちゃんと嫌って言うし、色々と探っていけばいいと思う」

 それにね、と薬術の魔女は言葉を続ける。

「毒にはわたしすっごく耐性あるし、解毒剤もすぐ作れるし」

大丈夫、と魔術師の男を安心させようと、その背を優しく撫でた。

「呪い? とかはよくわかんないけど、何とかなるよ! ……たぶん」

「多分、ですか」

 最後の言葉に、彼は呆れた様子だ。

「他にも言いようがないし」

「まあ。貴女がそう仰る成らば、()()()()()()のでしょうね」

口を尖らせる薬術の魔女に、魔術師の男は小さく笑う。

「貴女は、私の事を『好き』だと仰いました」

「……うん」

 改めて言われると、大分恥ずかしいなと、彼女は頬を染める。

()し、宜しければ……私を」

 一度目を伏せ、魔術師の男はふたたび薬術の魔女を見る。

「……()の私を、『愛して』下さいませんか」

熱を孕んだ声だった。

「うん」

彼の言う『愛』は、恋人同士のものではなく家族同士で生まれる感情のことだと分かる。だが、それでいて『自分だけを見て欲しい』と願う身勝手な()()だとも。

「以前申し上げた通り、(わたくし)は愛が分からない」

「うん」

「ですから、愛してほしいのです」

「……うん」

「出来損ないで星にも届かず魔道(化け物)にまで堕ちた、此の私を」

 魔術師の男は薬術の魔女の両の手を取った。

「私は。可能な限り可能な方法で此の身で出来得る限りを、一生を(もっ)て貴女を愛します。……だから」

「うん。きみは『できそこない』なんかじゃないし、絶対に『愛』を知ることができる。だから」

 彼の、深い緑色の目を見つめる。
 きっと、きみは誰かに愛され(認められ)たかったんだ。

「大丈夫だよ。ちゃんと愛するから」

薬術の魔女は魔術師の男を強く抱きしめる。今まで貰えなかった分を、代わりに自分がめいいっぱい与えてあげるのだと。

 明日はいよいよ、結婚する日と決めた虚霊祭の日だ。
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