薬術の魔女の結婚事情

契約


 最近は、書類上の婚約者である『薬術の魔女』と関わることが多い。
 それは学生の彼女が『勉強を教えて欲しい』と(こいねが)い、それを叶えるだけの結果だ。
 魔術師の男自身は、監視対象の彼女を直接かつ不自然でない環境で監視できるのでその状況を利用しているだけ。
 だから、物語のような甘い感情は、一切も絡むような事象ではないのだ。

 彼は、目的のためならば何だってする男だった。勉強会と称して彼女とともに時間を過ごすのは、命令された仕事のため。
 そして命令の通りに行動するならば、何としてでも薬術の魔女と結婚をせねばなるまい。

「(……何とも、可哀想な方だ)」

 自室で、魔術師の男は小さく息を吐く。『結婚相手が()()()()()()だなんて、不自由極まりないだろうに』と。自由である事を好む、彼女の望みとは真逆の生活になるかもしれないのだから。
 その上、薬術の魔女と魔術師の男は一回りも年が離れているし、今のところ身分にも一応差がある。
 いくら実家から縁を切られていようが、優秀な宮廷魔術師であるために子爵から伯爵程度の身分を持つ扱いをされるのだ。

 とりあえず、平民である一般人が個人で爵位をもぎ取れる()()()()()()機会を得るには、魔術師の男と同様に優秀な宮廷魔術師となるか、騎士となる事、国軍へ入隊する事、軍専用の技術職として軍属する事、そのいずれかが必須となる。
 全てにおいて運と才能さえあれば、騎士と軍人ならば団長や将官等の職へ就く事で大体子爵と同程度の権力を持つ勲功爵を、軍属するならば功績を残せば子爵から男爵程度の名誉爵を得られる。

 王都での爵位で得られるものは庭付きの屋敷と金の配給であり、魔術師の男は相性結婚のついででそれを貰った。爵位が有っても、ただの宮廷魔術師は土地の配給を貰えないことが多いからだ。以前は宮廷周辺にある宮廷魔術師と宮廷錬金術用の共同住居棟を間借りしていた。研究室に籠りっぱなし(か出張の仕事ばかりで)でほとんど帰らなかったが。

 それはともかく。
 彼女自身は非常に馴染み易い魔力を所持しているために、攻撃の魔術や結界を張ることができない。なので、いくら能力が高くとも宮廷魔術師にはなれないだろう。

「(まあ、彼女自身は結婚する事、年齢差、身分差等、あまり気にしていない様子ですが……)」

 気に()()していない、と言うものが正しい気もする。

 やはり彼女は、薬草以外の興味がとんと薄い。例えば周囲の友人の身分や異性や色恋への感情など。

 色恋への感心が薄いままで婚姻を結ぶのは、こちらとしては仕事や虫除けとしては大変に都合が良い。
 だが、もしもその感情が婚姻後に発現してしまったならば、どうすれば良いのか。

「(婚姻を取り止め、彼女が好いた者へ譲る……事がある意味では最適解か)」

 一番、話がこじれないで済むからだ。
 そう思いつつも、やはり自身の都合としては薬術の魔女が誰かを心の底から好いたとしても、譲らず監視と虫よけに利用したいところである。
 彼女ならば誰かを虜にすることなど、容易(たやす)いことだろうと根拠は無くもそう思えたので、彼女が好いた後は深くは考えない。
 そうなると……やはり相手は、年代が近い者の方へ感情が向きやすいだろうか。

「(数多の欲を持つというものは面倒ですが、薬以外に(ほとん)ど興味をお持ちで無い、と言うのも考えものですね……)」

 もう少し、何か反応が見られれば色々と面白……考えや感情等、彼女の事を知られるだろうに、と思考しながら魔術師の男は帳面を懐から出した。

「(……後二年……か)」

 一年目は思いの外短く感じていたが、残りの二年はどうだろうか。
 いくら薬術の魔女が薬草や薬以外に興味を持たない女性だとしても、二年も有れば少しぐらいは心を開けるような相手は見つかるのではないのか。

「(……事実、此の一年の間に御学友はお一人増えましたし)」

 無論、転移者の聖女候補の事だ。時折、薬術の魔女は聖女候補を含め複数の友人と共に出かけている様子なので友人になったのだろう。

 仮に一年に一人の配分で友人が増えるとしても、最低でもあと二人くらいは出来る事になる。(奇妙な換算であるが。)
 その中に異性であれ同性であれ、彼女が心惹かれる相手が現れる可能性もなくはない。
 その場合は無論、初めに結んだ約束の通りに何も口出しするつもりは無いし、婚約期間を書類上だけで済ませて『性格が合わなかった』のだといえば同棲をせずとも、この馬鹿げた相性結婚などという法律に縛られた婚約を解除することもできる。
 魔術師の男自身は命令が下るまで、ずっと薬術の魔女の監視役のままだが。

 薬術の魔女が契約の通りに魔術師の男と結婚してしまえば、たとえ彼女が軍人となり隊長職へ就いたとしても、身分の関係上向こうから離婚を持ちかけようとも宮廷魔術師である魔術師の男が承諾しなければ離婚ができなくなる。
 逆に、仮に薬術の魔女が別れを拒んでも、魔術師の男は一方的に彼女へ離婚を言い渡す事ができる。

「(恐らく、彼女自身もその様な事くらいは理解なさって居るのでしょうが)」

 身分差があるから本心では嫌でも抵抗しない、などが理由で何も言わないのならば……。

「(其れは其れで、此方には大変に都合の良い事ではありますね)」

 嫌われる事には慣れている。だから、婚約者に好かれなくとも問題は無い。

 帳面に書かれた予定に目を通し、虚霊祭あるいは魔術アカデミーの学芸祭が近い事を知る。

「(……道理で、彼女との勉強のやり取りがやや希薄になった訳です)」

 移動が容易になる札は渡したものの、未だに一度も使われていない。

※爵位の設定は名称を借りているだけなのでオリジナル要素強めです。
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