一つの夜が紡ぐ運命の恋物語を、あなたと
 スローモーションのように由依が顔を上げるのをじっと見つめる。途方もなく長く感じた時間は、きっとほんの一瞬だっただろう。
 彼女がなんと答えるのか、怖かった。真っ直ぐ向けたその瞳は、揺るぎない意志を持って自分を見つめていた。

「答えは、もう決まっています」

 きっぱりとそう言い切るその顔に、どこか母としての強さを感じた。おそらく年齢より若く見られるだろう愛らしい顔に、積み重ねた経験が記されているようだった。

「私は……何があっても、大智さんと支えて合って灯希の成長を見守りたい。家族として……一緒にいてもいいですか……?」

 おずおずそう言う由依に、自然と口角が上がる。その顔にそっと触れ、微笑みかけた。

「……もちろん。ありがとう、由依」

 彼女もまた、穏やかに目尻を下げ笑みを浮かべた。

「高校生の頃、ずっと見てみたいと思ってたんです」
「……何を?」
「電車の中では口元しか見えなくて。でも時々優しく微笑んでて。あの人は、どんな顔で笑うんだろうって」

 そんなところを見られていたのかとフッと笑い声が漏れる。

「改めて言われると恥ずかしいね。けれど、由依の記憶の中の僕が笑顔で嬉しい。由依も、いつも笑顔だった。可愛かったな。それは今も変わらない」

 由依は恥ずかしそうに目を伏せ、口を開いた。

「私、丸顔だし童顔で。普段はあまり化粧もしないんで、灯希といても母親にみられなくて」

 はにかみながら答える彼女に、湧き上がる感情を自覚する。指から伝わる熱を、もっと近くで感じたいと。

「由依……」

 指で掬うように顎を撫でて(いざな)う。自分を見上げた彼女に、囁くように尋ねた。

「キス……しても、いい?」

 その瞳が合図するようにゆっくりと伏せられると、愛おしい彼女の唇に自分の唇を重ねた。
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