新そよ風に乗って 〜慕情 vol.1〜
仕方がない?
そうじゃなくて……慌てて邪心を捨てて気持ちを押し殺しながら、 高橋さんの背中を後ろから複雑な思いで見つめていた。
ふと高橋さんが後ろを振り返り、 1枚のカードキーを差し出した。
「どっちも同じだから、 こっちの部屋でいいか?」
「はい。 ありがとうございます」
カードキーを高橋さんの手から受け取る時、 目が合った。 思わず飛び跳ねそうなぐらい心が揺れて、 そのまま目を逸らせずにいたけれど、 直ぐに高橋さんに視線を逸らされた。
「それじゃ、 明日の朝7時にロビーで。 おやすみ」
「はい……おやすみなさい」
高橋さんは部屋のドアを開けながらそう言うと、 私が言い終えるか終えないうちに部屋の中へと消えて行ってしまった。
隣同士に部屋。
壁を隔てて、 高橋さんが居る。
部屋の作りはそのまま同じなのか、 反転式なのかはわからないけれど、 高橋さんが直ぐ隣の部屋に居るのに遮断されたこの空間が無性に寂しく虚しく感じられ、 まるで今の高橋さんと私を象徴しているかのようで、 シャワーを浴びながら自然と涙が溢れていた。
翌日は昨日と違い、 朝早くから支社に行かれたので仕事が捗り、 予定よりも早く仕事も終わって無事仮締めする事が出来た。
高橋さんは中原さんに昨日から何度か連絡を入れていて、 留守を預かる中原さんのフォローも忘れずにしている姿を見て、 やっぱり高橋さんは仕事をしている時の姿が一番輝いているなとつくづく感じていた。
予備の意味を込めて明日も土曜日の夕方の便で帰る予定だったので、 今夜の接待も昨日と違って落ち着いて美味しい料理の味を堪能出来てお腹もいっぱいになり、 すっかり夜も更けてお店を出ると雪が降り出していた。
「あっ……雪」
思わず感嘆の声を上げて高橋さんを見ると、 微笑みながら空を見上げていた。
「そういえば、 高橋さん!」
「ん?」
ハッ! いけない。
「あの、 何でもないです」
思わず、 New Yorkでも雪が降っていてと言いかけそうになって慌てて取り繕った。
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