新そよ風に乗って 〜慕情 vol.1〜
高橋さんもいつになく集中していて、 今日はエンドレスでやるのかなと思えるほど気軽に話し掛けられるような雰囲気ではなかった。 しかし、 そんな張り詰めた空気を北海道支社長が打ち破った。
「高橋さん。 お忙しいところ、 大変恐縮なんですが……」
「はい。 何でしょうか?」
こういう時の高橋さんは、 必ず目上の人に対して敬意を表する。
仕事として間違っていたりすると容赦なく突っ込むが、 普段は目上の人に対してはジェントルマンな接し方なのである。
「19時から食事の用意をさせておりますので、 よろしかったらキリのいいところで……」
うわぁ。
そんなのいいのに……。 
返って仕事がおして大変になっちゃう。
心の中で、 勝手に抗議の呟きを発していた。
「そうですか。 恐れ入ります。 それじゃ、 そろそろ終わりにしますので」
そう言うと、 それから間もなく高橋さんは台帳を閉じた。
そしてこちらを見たので、 私もそれに従って今日の仕事は終わりにせざるを得なかった。
それから用意してくれていた食事をしに移動したが、 所謂、 接待だったので北海道の新鮮な海鮮や魚介類に舌鼓を打ち、 お腹もいっぱいになってホテルに着く頃にはすでに22時をまわっていた.
ホテルのフロントで、 チェックインを済ませる。
散々、 飲まされていたように感じていた高橋さんは、 まるで酔っているといった雰囲気はなく、 いつもと変わらず普通にチェックインの手続きをしてくれていた。
カードキーを2枚持って振り返った高橋さんが、 エレベーターの方まで私の荷物も持ってくれて歩き出したので慌てて後を追った。
高橋さんのこういうさり気ない仕草が好き。
今更ながら、 胸がキュンとする。
宿泊する階にエレベーターが到着して、 部屋番号を確認しながら通路を歩く。
時間も時間だったので話すこともなく、 無言のまま部屋に向かって歩いていく時間がとても長く感じられるようで、 それでいてこのままずっと高橋さんと一緒に歩いていたい気持ちもあったりして複雑だった。
アメリカ出張の時みたいに、 一緒の部屋だったらいいのに……。
そんな思いが、 脳裏を掠める。
いけない、 いけない。 仕事で来ているんだから、 そんな不謹慎な事を考えても仕方がない。
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