別居恋愛 ~もう一度恋からはじめよう~
『瞳―、あった?』

 そばに置いていた携帯電話から拓海の声が聞こえてきて、瞳は我に返った。今の状況に瞳は気が動転していて、手もぶるぶると震えているが、今はとにかく名刺入れを探さなければと、気味の悪いその紙を見えない位置に追いやった。

『……どのポケット?』
『小さいやつ』

 今は名刺入れのことだけ考えるんだと自分に言いきかせて、瞳はポケットを探っていった。小さめのものを探っていけば、件のものはすぐに見つかった。

『あったよ』
『ごめん、それ持ってきてくんないかな? 午後に必要で。会社の場所教えるから』

 この状態で拓海に会うのは怖くてたまらないが、断るわけにもいくまい。瞳は震えそうになる声を必死に抑えながら、承諾の返事をしていた。

『……わかった。今から向かっていい?』
『ああ。ありがとう、助かる。駅着いたら連絡して?』
『わかった。じゃあ、今から行くね』
『ありがとう、瞳。よろしくな』

 電話を切ったあとに、あれは見間違いではないかと真後ろに置いたその紙のほうを見てみたが、そこにあるのはやはり紛れもない離婚届だった。

「……嘘でしょ……なんでっ……」

 瞳はそのまま泣き叫んでしまいたかった。今にもパニックに陥りそうだ。けれど、拓海の依頼を遂行せねばと、瞳は襲い掛かってくるいろんな思考を振り払い、すぐに拓海の会社へと向かった。
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