スロウモーション・ラブ

再び保健室へ戻った頃には気分は幾分か落ち着いていた。

「あの、すみません。シーツ汚してしまって……」

保健の先生に頭を下げる。

「シーツなら替えたから気にしないで。時々あることなのよ。私も家で失敗すること未だにあるし」

申し訳なくて縮こまっていると、先生は「それより」と話を続ける。

「しっかり水分取って、体調悪い時は無理しないこと。女の子の身体は不安定なんだから」

「はい……」

しゅんとする私にふっと優しく微笑む先生。

「幼なじみくんなんだって?あの子が血相変えてあなたを運んできて、一生懸命あれこれ動いてたよ」

きっと、ベッドシーツのことを私がいない間に先生に知らせてくれたのもりくなんだろう。

自分は男子で、生理の血のことなんて言いにくいはずなのに。

(お礼、言わなきゃ)

そう思った時、校内放送が保健の先生を呼ぶ。

「ちょっと行ってくるね」と言い立ち上がった先生を見送った後、私は隅の長椅子に座るりくへ話しかけた。


「りく、ありがとう」

りくはほっとしたように微笑む。

きゅっと胸が鳴いた気がしたけれど、知らんぷりして言葉を続けた。

「あの、私汗びっしょりだったでしょ?ごめんね」

「気にしなくていいよ」

「でも、授業も出られなかったんじゃない?大丈夫?」

申し訳なさから次々と言葉が飛び出す私に被せるように、りくが「はなび」と呼ぶ。

どことなくソワソワとした心地でりくの顔を見上げた。

「俺ははなびにはもっと頼ってほしいと思ってる。だから、気にしないで」

「先生にも伝えてくれたよね。りく、生理のことなんて言いにくかったはずなのに、ごめんね」

つい謝罪を重ねてしまった私に、りくは小さくため息を吐く。

「はなび、あれこれ気にし過ぎ」

さらに"ごめん"と言いそうになり、そっと口を噤む。

落ち込んだように見えたのか、りくは「そうじゃなくて」と声を張る。

「強がるはなび見てると、心配、だから」

「……」

りくはこんなことを言う人だったっけ。いつから、こんな表情をするようになったっけ。

目を逸らし頬を赤らめ、歯切れ悪い話し方で。それは、まるで──。


「りく、ありがとう。お母さん迎えに来るからもう大丈夫」

無理やりでも頬を引き上げ笑顔を作る。

湧いた疑問のその先は、あまり深く考えてはいけないような気がしたから。

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