桜ふたたび 前編
〈澪?〉
「……ジェ、ジェイ?」
〈うん〉
「本当に? ジェイ?」
〈まさか恋人の声を忘れたのか? たった1ヶ月で──〉
「ご無事ですか? お怪我は?」
〈え? いや〉
「あ…ああ…よかった……」
安堵したとたん、力が抜けた。
目の奥に熱い泉が湧き出て、ポロポロと溢れ出した。
遠い昔、箱に閉じ込めて土に埋めたはずなのに、まるで封印を解かれたように、涙が頬を伝った。
〈泣いているのか? なぜ?〉
「ニューヨークが……大変なことになって……でも……連絡がつかなくて……心配で……」
途切れ途切れの声に、ようやくジェイも涙の意味を理解したのか、
〈澪、泣かないで。事故の影響でコミュニケーションラインがダウンして、対策に追われていたんだ。今はLos Angelesだから、安心していい〉
「ロサンゼルス……」
〈Manhattanには戻れそうにないから、予定を早めて、ここから日本へ向かう〉
「日本に? いつ?」
澪は飛びつくように体を浮かせ言った。
〈フライトスケジュールは、日本時間で明日13時20分、羽田着〉
「迎えに行きます」
〈え? 澪が?〉
「はい。──あっ? ご迷惑ですね。すみません……」
〈いや……嬉しい。でも、羽田だよ?」
「はい、大丈夫です」
〈……じゃあ、気をつけておいで──〉
いつも一方的に電話を切る彼が、今回に限ってそうしなかったのは、何事にも受け身な澪が初めて自ら行動を起こそうとした真意に、震えるような感動を覚えたからだ。
利害のために彼の安否を探る者はいても、純粋に身を案じてくれたのは、澪だけだ。
〈I love you.〉
初めての愛の言葉に、澪は言葉を失った。
そんな狼狽をおかしがるように、電話はツーツーと鳴り続けていた。