桜ふたたび 前編

「食事が進まないな。口に合わない?」

「え? あ? いいえ……」

ジェイは、すっかり冷めた燕の巣のスープにおそるおそる口をつける澪に向き直り、

「Manhattanが落ち着くまで、しばらくTokyoに拠点を置くことにした」

今まで以上に会えることを示唆したのに、澪は嬉しいのか迷惑なのか、複雑な表情をする。
期待外れの反応に、ジェイはつまらなそうに首の後ろに手をやった。

「喜ぶと思ったのに」

一般的に、肉体関係ができた女は精神的にも親しみを見せるものなのに、なぜか澪はますます他人行儀になってゆく。
〝さん〞付けの呼び方はなんとか矯正したが、敬語のよそよそしさは相変わらずだ。
〈寂しい〉〈逢いたい〉〈愛してないの?〉は女の常套句なのに、電話一本、メール一通、自分からは送ってこない。

今日も、わざわざ東京まで出迎えに来て、到着ゲートに駆け寄り熱い抱擁とキスに涙したくせに、睫の先に月の雫を溜めながら、すぐに京都へ帰ると言うから驚く。

ジェイは、日本人の遠慮深さを美徳とは捉えていない。
とくに澪は、自己評価が低いせいか、謙虚や控え目を通り越して、卑屈にさえ感じる。

ジェイの不興など目に入らぬのか、澪は不安そうな顔で、

「これから、どうなるんでしょう?」
< 104 / 313 >

この作品をシェア

pagetop