桜ふたたび 前編

「テロならば、戦争になる可能性は高い」

ジェイは、伊万里焼の器に盛られた上海蟹の足を器用に折り外しながら、平然と答える。

「New Yorkマーケットが暴落している。このままでは政府も国民の不安を抑えきれないし、支持率が低迷しているプレジデントにとって、今、〝強いUSA〞を演出しなければ、己の立場が危うくなる」

「報復は、報復を生むだけなのに……」

「日本人は、平和をきれいな幻想で捉えている。思想・宗教・民族が違えば、道理も正義も異なる。そこに生じるパララックスを外交交渉で解消できるほど、人類は賢くも寛容でもない。国家の安全保障は、経済制裁であれ、軍事行動であれ、対外的な戦いから得られるものだ。
それに、戦争はビッグマーケットだ。政治的な道義、宗教という大義名分を掲げていても、実は戦争によって利益を得る誰かのために、みんな戦わされている」

「それは、侵略です」

いつも微笑んでいるような澪が、眉間に嫌悪をあらわにしていた。
流されやすく儚げに見える彼女の内に、こんな意思の強さが隠されていたとは、ジェイには意外だった。

「人類の歴史は、侵略戦争の繰り返しだ。どう誹謗されようと、勝者こそが正義として後世に記録される。理想を並べても、勝たなければ意味がない」

「勝つことだけが望みですか? 哀しいですね」

蟹の胴体を二つに割る手を、ジェイは止めた。

「……そうだな」

勝ち続けることで得られるものは、名誉と賞賛か。
しかし、一度負ければ神話は崩れ、誰もが彼を見限るだろう。将来初めての敗北を味わったとき、輝かしい功績すら灰燼に帰すのだ。
そして、この掌中に残るものは──。

──投資家からの訴訟だな。

ジェイはふっと口端を歪めた。
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