桜ふたたび 前編
❀ ❀ ❀

一方、放心していた澪は、ようやくのろのろと乱れた着衣を整えはじめた。

体の芯が焼けた鉄で貫かれたように痛い。カラダの痛みより、ココロが痛んだ。

悪い夢だと思いたかった。でも手首に残る指の跡が、現実だと訴える。
汚されてしまったドレスを拭おうとして、震えの止まらぬ手に涙がこぼれ落ちた。

──大丈夫……。

かろうじて最後は膣外だったし、澪の女性の周期は正確だから、今、妊娠の可能性は限りなく薄い。

最初のときから、彼は完璧に防御してくれたのに。だから澪も、おそれず身を委ねられたのに。
それほど、彼は自分を見失っていた。怒りに染まった瞳は、澪を見てはいなかった。

澪は、突発的な暴力やヒステリーに強い脅迫観念をもっている。
それが対人関係や人ごみでの不安に繋がっていた。

温和な人間でも、冷静な人間でも、何がきっかけで、いつ心の底の鬱憤を狂気に変えて、爆発させるかわからない。
それはたぶん、母親から受けた折檻の記憶のせいだろう。

けれど、不思議とジェイに対しては、恐怖心を抱いたことがなかった。
確かにいろいろと振り回されはしたけれど、それは、澪が煮え切らず彼を往生させたから。
彼は強引だけど、決して激情に任せて人を傷つけるひとではない。

だけどそれは、彼の内に潜む凶暴さを、今まで知らなかっただけなのか──。

初めて結ばれたときと変わらぬイルミネーションの橋を見下ろして、澪は言いようのない悲しさを感じていた。

いずれにせよ、彼を狼藉に走らせた原因は澪にある。
やはり澪は人との関係が保てない。こうやって気づかぬうちに、神経を逆なで傷つけてしまう。

──これで終わってしまうの?

そう思ったとたん、胸が締めつけられた。

どんなものにも終わりはある、彼との関係もいずれは消えるとわかっている。
けれど、あの温かな思いが、こんなにもあっけなく断ち切られてしまうなんて……。せめて、傷つけあったままの最後は、迎えたくなかった。

澪ははっと目を上げた。

イルミネーションの手前に、バスローブ姿のジェイが映っている。
タオルで髪を拭いながら、視線だけこちらをうかがっていた。
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