桜ふたたび 前編
澪は、ギシギシと強張った首を廻した。
ジェイが近づいてくる。
澪は、手負いの子鹿が逃げ場を求めるように、これ以上ないくらい窓に体をすり寄せた。
ジェイは、空咳を一つして、
「体は……その、大丈夫か?」
「……」
怯えた目に、ジェイは気まずく顔を横に、そして、考える。
──日本ではこういうとき、〝土下座〞なる行為で、許しを乞うのか。たしか、ひざまづいて額を床にすりつけるのだったか?
ふむ、とイメージしながら、とりあえず正座してみる。
「……悪かった、君がアレクとキスしたから、腹が立ったんだ」
歯切れの悪い、それもよけいな釈明付き。
謝罪などはじめての経験だといっても、これはあまりうまくないなと、ジェイは反省を募らせる。
澪はきょとんとした顔をして、唇に指を押し当てた。
「キスって……あれ、挨拶じゃなかったんですか?」
ジェイは毒気を抜かれたように、
「君は日本人じゃないか」
言いながら、どさりとソファに腰を落とした。
澪は不可解そうに眉を寄せ、しばらく考え込んでいる。
ジェイは、内心ヒヤヒヤしながら、気まずく彼女の出方を待った。
ようやく澪は、「あ……あ」と眉根を開くと、ほっとしたように小さく笑った。
「何がおかしい?」
「あ、すみません。でも……ジェイがやきもちなんて……」
「やきもち?」
──簡潔にして端的な解答だ。この苛立ちの正体は、ジェラシーだ。
他人の心理は読めても、自分の感情のあり方はわからないものだ。
そもそも嫉妬という感情をもったことがないのだから、わかるはずがない。いわんや色恋沙汰で、だ。
「私は、独占欲が強いんだな」
ジェイは他人事のように感心して、それから目を泳がせた。
「ま……、頭に血が上っていたとはいえ、ひどいことをした。す、すまない」
しどろもどろ、ギクシャクと頭を下げる姿に、澪は唇をモゾモゾと結んだ。