桜ふたたび 前編

「えっ? マジで?」

千世は、運ばれてきた京野菜のアンティパストに唾を飲み、料理の説明など知ったこっちゃないと、フォークを手にする。

「いつの間にそんな人ができたんよ〜。そうかぁ、ようやく澪にも春が来たんかぁ。心配してたんやで。花も咲かさんまま枯れてしまうんやないかって──」

口をもぐもぐさせながら、

「あ、このカルパッチョ、いける。──鯛って言うてたっけ?」

「あの……、実はそのことで、話さないといけないことがあって……」

「うん、うん、恋バナやね。ええよ。何でも言うて、何でも聞いて。うちは恋愛の師範代やし!」

「あのね、あの……わたし、ジェイと……」

肩を小さくするのとともに、声も消え入りそうになる。
千世は「何て?」と耳の後ろに手を当てた。

「あの……、その……、お、お、お、おつき……を……」

「え? 聞こえんって」

「ごめんなさい! わたし、ジェイとおつき合いしています」

一世一代の勇気で絞り出したのに、千世は万願寺唐辛子を囓りながら、(喜んで損した)と言わんばかりの顔をした。
それから、やれやれと言った口調で、

「澪ぉ、おつき合いっていう意味、わかって言ってる?」

ごっくん。

「ちょっとお知り合いになったくらいで、世間ではつき合うてるとは言いません!」

真っ赤になった顔を見ても、千世はまったくのあきれ顔。

「だからぁ、デートして、手ぇつなで、キスして、そんで……それなりにスキンシップがあって……」

いちいち小さく頷く澪に、さすがに千世も目をぱちくりさせる。
数秒経って「えっ?」と一言。鳩が豆鉄砲を食ったような顔のまま、固まった。
< 128 / 313 >

この作品をシェア

pagetop