桜ふたたび 前編
❀ ❀ ❀

「あ〜、お腹すいたぁ!」

最近オープンしたばかりの人気イタリアンレストランへ、予約した当人は相も変わらず遅刻して現れた。

「いやぁ、今日も暑かったなぁ〜。もう、汗だくやわ」

席に着くなりてきぱきと注文をはじめる千世は、いつもに増して浮き浮きしている。
少しふっくらとしたのは、また最新のダイエットに飛びついて、リバウンドしたのだろう。

「ワイン呑むやろ? 赤でええ? そや、ヴェッローナの王様にしよ」

澪は、お冷やのグラスを持ったまま硬直した。
待っている間は緊張して身構えていたのに、千世のペースに気を抜いてしまっていたので、背後から首を絞められたような気分だった。

「ヴェルポリチェッラ、でしょうか?」

「あー、そうそう」

店員を適当にあしらったのは、早く本題に入りたくてうずうずしているのか。
そのくせもったいつけた話の接ぎ穂が、澪には最悪だった。

「プリンス、元気にしてはるやろか?」

早すぎる展開に、まさかとうに知っていて、その件で呼び出したのかと、顔が引きつった。

「どないしたん? 変な顔して」

テーブルの下で握りしめた手のひらに、汗をかいている。
でも、切り出すには今しかない。

千世のお喋りも右から左に、澪は言葉を選び、唾を飲み込んで、ようやくなんとか、声を絞り出した。

「……ごめん、千世……」

「なんやの急に。びっくりするやん」

まともに千世の顔が見られない。

「あれ? 澪、ちょっと雰囲気変わったん違う? なんやろ? 明るなったみたい。
メイク、変えた?」

言われて頬に手をやる澪に、

「指輪? 澪がアクセつけるとか、珍しいやない」

手を引っ込める間もなく、左手をがっしり捕らえられた。
千世は、ためつすがめつリングを眺めている。

「きれいやねぇ。これ、アクアマリン? ブルートパーズ? なんや○ルガリっぽいやん。うける〜」

千世は爆笑した。

「ええやん。どこで見つけたん? 自分で買うたん? 誰かに貰たん?」

矢継ぎ早の質問にあわてて、澪は思わず最後に頷いてしまった。
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