桜ふたたび 前編
3、追憶
先斗町はすでに夜を迎えていた。店々の看板には灯が点され、打ち水された石畳に滲んだ明かりを落としている。
板場で仕込みを続けていた慎一が、人の気配に入口へ顔を向け、「おう」と緩めた頬が、「おこしやす」の途中で引き攣った。
「ようこそおこしやす。あら? ジェイさん。日本においでやしたんどしたか? 今日は、おふたりで?」
暖簾から顔を覗かせた女将に、慎一は「要らんこと言うな」と口の中で呟いて、苛々と布巾で包丁を拭っている。
丸窓の花籠には、色づき始めたモミジがあった。
ジェイは席に着くなり、
「明日、東京へ戻ったら、その足でFrankufurtに発つことになった」
まるで業務連絡のように言った。
「ドイツ、ですか……」
ニューヨークと聞くよりずいぶん遠い国に感じる。地球儀を廻せば、日本からの距離はさほど違わないのに。
今度はいつ逢えるのだろう──。澪が飲み込んだ質問を読んだように、
「今回は六ヶ月はかかる」
澪は胸を突かれたように小さく項垂れた。
半年──。覚悟はしていたけどあまりに長い。
「クリスマス にItaliaで会おう」
食事に誘われたような感覚で頷いて、澪は慌てて聞き返した。
板場で仕込みを続けていた慎一が、人の気配に入口へ顔を向け、「おう」と緩めた頬が、「おこしやす」の途中で引き攣った。
「ようこそおこしやす。あら? ジェイさん。日本においでやしたんどしたか? 今日は、おふたりで?」
暖簾から顔を覗かせた女将に、慎一は「要らんこと言うな」と口の中で呟いて、苛々と布巾で包丁を拭っている。
丸窓の花籠には、色づき始めたモミジがあった。
ジェイは席に着くなり、
「明日、東京へ戻ったら、その足でFrankufurtに発つことになった」
まるで業務連絡のように言った。
「ドイツ、ですか……」
ニューヨークと聞くよりずいぶん遠い国に感じる。地球儀を廻せば、日本からの距離はさほど違わないのに。
今度はいつ逢えるのだろう──。澪が飲み込んだ質問を読んだように、
「今回は六ヶ月はかかる」
澪は胸を突かれたように小さく項垂れた。
半年──。覚悟はしていたけどあまりに長い。
「クリスマス にItaliaで会おう」
食事に誘われたような感覚で頷いて、澪は慌てて聞き返した。