桜ふたたび 前編
男の手がエスコートするように背中に触れて、澪は声にならない小さな悲鳴を上げた。
それでも飛びかけた思考を引き戻し、背筋を突っ張り無言の抗拒を示したけれど、相手は涼しい顔をして、先を譲るようにどうぞと手のひらを前へ伸ばすのだった。

──言葉にしないと、外人さんには伝わらない?

元より口下手で、断り下手で、日本人相手でも誤解されてしまうのだ。ここは強い姿勢で断らなければ。
澪はヨシッとあるたけの度胸を振り絞った。

「あのぉ──」

後ろを振り仰いだとたん目が合って、慌てて顔を戻した弾みで敷居を越えてしまった。

狭い間口だ。澪が動かない限り、彼は戸を閉めることができない。春とはいえ、冷たい夜風が足下に流れ込んで来る。

春風に急かされるように、澪は奥へと進んだ。
たまたま偶然、入った店が同じだった、と自分に言い聞かせて──。
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