桜ふたたび 前編
唖然とやりとりを聞いていた──というより、その場で動けずにいた澪は、はっと目を瞬かせた。
劣勢の彼を気の毒に感じるより、いわんや助勢しようなどと思いも及ばず、澪はただただ自分の立ち位置に困惑するばかり。
早口の英語は理解できないけれど、雰囲気から彼を連れ戻しに来たことはわかる。
道行く人が振り返り振り返り、好奇の目で盗み見しているのは、エリートサラリーマンとイケメン外国人が、女を廻ってトラブルになっている──とでも映っているのかもしれない。
澪が着物姿ということが、よけい人目に立っていた。
澪は、関わり合いを避けようと、じりじりと後退った。
回れ右をしようとしたそのとき──澪の体は、意志とはまったく逆方向へと引き寄せられていた。
『I'm on a date.(デート中だ)』
人質でも取るように背後から片手で澪を抱き押さえ、イケメン外国人は平然と言う。
「日本ではこう言うのだろう?
〝人の恋路を邪魔する奴は、犬に喰われて死ぬがいゝ〞」
澪は目をパチクリさせた。
何が起こったのかわからないけれど、一つだけ──。
──きれいな日本語だけど、使い方を間違っている!
『あとの処理は、君に任せた』
男は澪の肩をくるりと返して、押し出すように歩きはじめる。
そして、開いた口を閉じることさえ忘れている相手へ、まるで判決を下すが如く肩越しに言い放った。
『1時間後に報告を』