桜ふたたび 前編
「きっと彼も、いろいろ考えてくれていると思うよ? 大丈夫、千世のこと一番大切にしている人だもの」
「そやろかぁ。でもなぁ、ちょっと頼りないんよ、うちのダーリンは。あんたのプリンスと違うて。まあ、比べる方が間違うてるか。しょせん田舎の蔵元と、アメリカの大企業様やもんなぁ」
千世は大袈裟に言うけれど、ジェイが住む世界は実力主義。父親がどれだけ偉くても、能力が無ければ容赦無く切り捨てられる。
それに、澪は知っていた。彼が誰よりも必死に飛び続け、今のポジションを守らなければならない、理由を。
「えっ? ってことは、その指輪の送り主って、プリンスなん? まさか、ほんまもんの○ルガリ〜?」
千世はいまさらながら驚いて、突然思い当たったように、
「ほな、もしも、もしもよ。澪とプリンスが万万が一にも結婚ってことになったら、うちもセレブのお友達ってことやん? うひゃぁぁ!」
カシャン。隣の席でフォークが床に落ちた。
騒がしくてすみませんと、小さく頭を下げる澪の手を、千世は前のめりになって掴んで引き寄せる。
そして、目と目を近づけて、
「この際、勘違いでもなんでもええわ。ひょうたんから駒ってこともあるしな」
真顔で言う。
それから澪の手を両手でがっちり握りしめ、
「うち、断然応援したるさかい、あんた、玉の輿目指しておきばりやす!」
千世の勝手な妄想に、澪は苦い愛想笑いを浮かべた。
澪の中に〝結婚〞という単語は欠落している。
千世の結婚を心から祝福し、菜都の家庭を羨ましくは思うけれど、自分が誰かと家庭を築くことは、生涯ない。
「って、言うか、澪、ほんまのほんまにプリンスとつき合うてるの?」
千世の問いに、澪は笑みのまま、少しだけ視線を落とした。