桜ふたたび 前編
4、石蕗
京都は小春日和の爽やかな日が続いていた。
空気が澄み渡っているせいで、山がいつもよりくっきりと見える。緑は色褪せ、パレットに混ぜた絵の具のように、黄色、オレンジ、赤と、まだら模様が浮かびはじめていた。
そんな穏やかな日曜日の昼下がりは、またもや千世によって壊された。
「おじゃましま~す。はい、これ、お土産」
○ィトンの衣装ケースとボストンバッグを提げた千世は、澪にデパ地下の袋を半分押しつけて、勝手知ったると上がり込んだ。
さっさと押し入れから座布団を取り出し座ると、「銀ムツの西京焼き」「湯葉巾着」「おにぎり」と点呼しながらテーブルに並べはじめ、それから「疲れたぁ」と肩を揉み、キッチンでお茶の用意をする澪を早く座れと手で急かした。
「ご愁傷様でした」
澪は神妙に頭を垂れた。
千世は完全に意味を取り違えて、
「ほんま、話には訊いてたけどそれ以上にすっごい田舎なんよぉ。京都から六時間。山と田んぼしかあらへんの! いまどき、携帯の電波が届かへん場所が日本に存在するやなんて、信じられる?」
「それより、喪中になるけど、大丈夫?」
「うん、お祖父さんの喪が明けるまで、式は延期になった」
ショックだろうと思っていたのに、千世がランチャームのキャップを捻りながらほくそ笑んだので、澪は首を捻った。
「何?」
「そやかてさぁ、厭やったんよ、ど田舎の神社で結婚式やなんて。披露宴も新婚旅行もお預け、何もかんも向こうのお姑さんに仕切られて。うちは嘘つかれるのも嫌いやけど、自分の気持ちに嘘をつくのはもっとアカン! そやから、延期になってくれてよかったなぁと思うて」
言い終わらぬうちにおにぎりにかぶりついている。
いっときも武田と離れたくないという千世と、結納・挙式と正式な手順を踏んでからでなければ新潟にはやれないという彼女の家族のため、武田が奔走してくれたことなど、忘れてしまったらしい。
空気が澄み渡っているせいで、山がいつもよりくっきりと見える。緑は色褪せ、パレットに混ぜた絵の具のように、黄色、オレンジ、赤と、まだら模様が浮かびはじめていた。
そんな穏やかな日曜日の昼下がりは、またもや千世によって壊された。
「おじゃましま~す。はい、これ、お土産」
○ィトンの衣装ケースとボストンバッグを提げた千世は、澪にデパ地下の袋を半分押しつけて、勝手知ったると上がり込んだ。
さっさと押し入れから座布団を取り出し座ると、「銀ムツの西京焼き」「湯葉巾着」「おにぎり」と点呼しながらテーブルに並べはじめ、それから「疲れたぁ」と肩を揉み、キッチンでお茶の用意をする澪を早く座れと手で急かした。
「ご愁傷様でした」
澪は神妙に頭を垂れた。
千世は完全に意味を取り違えて、
「ほんま、話には訊いてたけどそれ以上にすっごい田舎なんよぉ。京都から六時間。山と田んぼしかあらへんの! いまどき、携帯の電波が届かへん場所が日本に存在するやなんて、信じられる?」
「それより、喪中になるけど、大丈夫?」
「うん、お祖父さんの喪が明けるまで、式は延期になった」
ショックだろうと思っていたのに、千世がランチャームのキャップを捻りながらほくそ笑んだので、澪は首を捻った。
「何?」
「そやかてさぁ、厭やったんよ、ど田舎の神社で結婚式やなんて。披露宴も新婚旅行もお預け、何もかんも向こうのお姑さんに仕切られて。うちは嘘つかれるのも嫌いやけど、自分の気持ちに嘘をつくのはもっとアカン! そやから、延期になってくれてよかったなぁと思うて」
言い終わらぬうちにおにぎりにかぶりついている。
いっときも武田と離れたくないという千世と、結納・挙式と正式な手順を踏んでからでなければ新潟にはやれないという彼女の家族のため、武田が奔走してくれたことなど、忘れてしまったらしい。