桜ふたたび 前編
「イタリア?」
ジェイの目が笑いながら肯く。
「私もクリスマス休暇にはGenovaに帰る。ニューイヤーを一緒に迎えよう」
当惑する澪をよそに、ジェイは渡月橋を渡る観光客たちに目をやりながら、構わず続けた。
「出発は、12月24日」
「でも──」
二ヶ月後には彼に逢える。
けれど、現実問題として二つ返事では答えられない。ヨーロッパだ。一泊二日の温泉旅行とはわけが違う。
「手配はすべてこちらでするから、澪は何も心配しなくていい」
「お忙しいのに、そんなご迷惑をおかけするのは──」
「かわいい恋人に会うためなら、ご迷惑ではないよ」
「こっ、こいびと……?」
ジェイはさっさと腰を上げる。
「あっ、待ってください──」
「待たない」
自信たっぷりの笑顔を澪に向け、ジェイは何事もなかったかのように歩き出した。
澪は、忘れていたと天を仰いだ。
彼にとって、ノー以外はすべてイエス。考える猶予を与えてはくれない。
よしんばノーと即答しようとも、理由を求められ、気がつけばすっかり丸め込まれてしまっている。
いつだって、最終的には彼の思う通りに物事が運ぶのだ。
決めるのに時間がかかるから、待ちきれないのもわかるけど。うまく言葉で説明できないから、考えていないと誤解するのもわかるけど……。
ジェイは言った。
〈君は、考えれば考えるほど深みにはまって、結局一歩も動けない〉と。
そう、澪は考えているのだ。
ただ、どう伝えればいいのか言葉に迷ってしまうだけ……。そもそもそれが、誤解の原因なのだけど。
澪が不安なのは、卒のない彼のリードに従うことは楽すぎて、そのうちに自分で考えることを忘れてしまいそうだから。
ジェイの言う〝恋人〞が、どんな意味を持つのかはわからないけど、これでは〝セフレ〞から三コマ戻って〝ペット〞になったみたい。
なんだか釈然としないものを感じる澪だった。