桜ふたたび 前編
「うちと鈴登美さん姐さんは、御盃《おんさかずき》の関係言うて、花街では姉妹みたいなもんどした。うちが小さい子ぉを抱えて苦労しているのを訊きつけて、ここで雇うてくれはったんどす。
べっぴんの女将さんと、腕のええ料理人で、お店もあんじょう繁盛してたんどすえ。それが……」
女将の顔に憂いの雲がかかった。
「ようやっと大将と夫婦にならはって、これから云うときに……。若い頃から心臓の病をお持ちどしたさかい」
女将は、他の客と雑談に興じている慎一の笑顔に目をやった。
「姐さん、慎一を我が子のように可愛がってくれはりましてなぁ。事情があってお子を手放さはったさかい、その代わりやったんやと思います」
澪ははっとジェイを見た。
冷たく表情を隠しているけれど、一瞬、瞳が微かに揺れたような気がする。
「姐さんにはお身内がおいやはらへんどしたさかい、大将、姐さんの忘れ形見を一生懸命捜さはったんどす。
そやけど、お会いにはならしまへんどした。ご立派に成人されてはったようで、〈元気ならそれでええ。それが、志埜の唯一の心残りやったさかい〉言わはって……。
安心しやったんか、それから直に、京都を出ていかはりました」
澪は、次の質問への弾みをつけるように、大きく頷いた。
「志埜さんのお墓は、どちらに?」
「おふたりの故郷の高知どす。姐さんがお子を見守ってやれるようにと、海が見える山の上に、お墓を建てはったんどす。
──そや、少し待っといておくれやす」
女将は内暖簾を回って帳場へ引っ込むと、すぐに封筒を手に板場へ戻ってきた。
「大将からお預かりしたものどす。もし、誰か姐さんを訪ねてくることがあったら、渡して欲しいと言わはって」