桜ふたたび 前編

「でも、喪中になっちゃうね。大丈夫?」

千世は武田とすでに結納を終え、年明けには結婚式を控えていた。

「うん、喪が明けるまで、式は延期になった」

さぞショックだろうと思ったのに、千世はランチャームのキャップを捻りながらほくそ笑んだ。
澪は首を捻った。

「何?」

「そやかてさぁ、ほんまは嫌やってん。時間がないからって、なんもかんも向こうのお姑さんに仕切られて。
披露宴も新婚旅行もお預け、ど田舎の神社で結婚式やなんて──うちの夢を返してくれって、何度叫びそうになったか。
うちは嘘つかれるのも嫌いやけど、自分の気持ちに嘘をつくのはもっとアカン! そやから、延期になってよかったなぁと思うて」

言い終わらぬうちに、おにぎりにかぶりついている。
一時も武田と離れたくないという千世と、結納・挙式と正式な手順を踏んでからでなければ新潟にはやれないという彼女の家族のために、武田が奔走してくれたことなど、忘れてしまったらしい。

澪は、急須の蓋を開けお茶っ葉の開き具合を確かめながら尋ねた。

「それじゃあ、新潟行きも延期するの?」

千世は口をもぐもぐさせたまま、

「延期って言うか、お祖父さんが亡くならはって、脩平が急いで田舎へ帰る理由ものうなったわけやし、いずれは八代目を継ぐにしても、お舅さんが元気なうちは、こっちでええんちゃう?」

千世らしい。万事自分の都合の良い方へ考える。

「まずは、新居を借りて、結婚式は新婚旅行を兼ねてイタリアかフランスでしようと思うて」

〝イタリア〞と聞いて、どきっとした。

澪は、口を開きかけ、自分を諌めるように小さく首を振った。
楽しそうな千世の話の腰を折ってもいけないし、なにより、あまり嬉しがって人に話すと、ダメになってしまうような気がするからだ。
澪はとことん貧乏性だった。
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