桜ふたたび 前編
❀ ❀ ❀

千世をバス停まで送って戻ると、茜色の夕陽を浴びたアパートの入口に、小さな石蕗が咲いていた。

澪は、黄色く可憐な花を見つめながら、大きな大きな溜め息をついた。
散々お惚気話を聞かされて、聞き手の方がへこたれていた。たぶん、順調に愛を育んでいる彼女への僻みが、澪を疲れさせているのだ。

他人の恋愛と比べるのは無意味だけれど、千世の濃密なエピソードの数々を訊いていると、やはり数えるほどしか逢えていないことは寂しい。

〈澪も、もっと楽な恋をしたらよかったのに。いくら三拍子+αでも、逢えへんかったら意味ないやん〉

千世はそう言うけれど、楽な恋などあるのだろうか。
恋せば誰も視野が狭くなって、心が窮屈になる。今日つくづくと思い知らされた。

深入りしてはいけない、執着してはいけない。
そう思いながら、もう自分を偽りきれないほど、深みにはまっている。
塞いだはずの罅から、少しずつ少しずつ水が滲み出して、感情が漏れるのを塞ぎきれなくなりそうだ。

遅かれ早かれ、この恋は終わる。
ならば、もしこの先、ジェイを想う苦しさから自分を見失いそうになったら、そのときは、すっぱりと想いを断ち切ってしまおう。

澪は、耐えることには慣れていたし、諦めることには、もっと慣れていた。
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