桜ふたたび 前編
「なぁ、今度、プリンスに頼んでくれへん? 教会とホテル」
千世の心は、ヨーロッパへ飛んでいる。次はウエディングドレスのことで頭がいっぱいになるだろう。
残念ながら、お役に立てそうにもないけど。
「プリンス、今、ニューヨーク?」
「ううん、ドイツ」
「また、えらい遠いところに。今度はいつ日本に来はるって?」
「半年後」
「うっそ~! 半年も会えへんなんてあり得へんわぁ。うちにはぜぇったい無理! 泣いてでも帰ってきてもらう」
千世ならやりかねない。
ふと、もし、今すぐ逢いたいと言ったら、ジェイはどうするだろうかと、澪は考えた。
──澪が来いって言うよね、きっと。
まるで京都から大阪へ出かけるような気軽さで、彼は言うだろう。
「なぁ、このままフェードアウトなんてこと、ないやんな?」
千世の言い方が引っかかり、思わず〝恋人〞だと言ってくれたと言いかけて、澪は自分にあきれて小さくいやいやをした。
きっと、心の奥底に隠していた不安を言い当てられたから、つい反発しそうになったのだ。
「そりゃ、澪がプリンスとつき合うてるってこと事体が奇跡やし、ゴールインなんて夢のまた夢やと思うけど……。まあ、そのうち別れるにしたって、うちの結婚式まではがんばってよ」
千世は真剣に言う。澪の胸に小さな棘が刺さった。
「新婦側にプリンスをお招きして、あのお姑さんが悔しがる顔を、今から愉しみにしてんのやさかい」
よからぬ笑みを浮かべる千世に、いつものように微笑んで受け流したけれど、目が硬かった。
思ったことは口にする。あけすけで自分の欲望に忠実な千世だから、澪は構えずにつき合ってこられた。
それなのに、彼女の言葉にイラッとしてしまった。
自分のなかに、おそれていた感情が生み出されてゆく。
澪は不穏な気分を振り払おうと、お茶のお替わりを口実に席を立った。